【映画を待つ間に読んだ、映画の本】第43回『岡本喜八の全映画』〜従来とは別の視点による、「フォービートのアルチザン」岡本喜八監督論。
- 『岡本喜八の全映画』
- 小林 淳
- アルファベータブックス
- 2,200円(税込)
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●庵野秀明が最大のリスペクトを示した、"フォービートのアルチザン"。
もう公開されてから1年近く経とうというのに、我が『シン・ゴジラ』ショックは、未だ続いている。購入したブルーレイ・ディスクは、ヘビーローテーションで鑑賞。映像特典の類いも繰り返し見た。特にメイキングには、何回見ても胸が熱くなるシーンがある。
「とにかく面白い、面白い日本映画を作りましょう!!」
全スタッフに対して、力強く言い放つ庵野秀明総監督。その言葉を聞いて、今、日本映画でそれだけの気概を持って作られている映画がどれだけあるだろうか・・。そんなことを考えてしまった。「少ないリスクで大きく儲けよう」「次の仕事に繋がるような映画にしよう」という日本映画は数多く存在するが、作り手が本気で「面白い映画」を目指している作品は、意外に少ないのではないだろうか。
その庵野総監督を持ってして、「面白い映画を!!」と言わしめたのは、やはり彼が岡本喜八監督の大ファンだからだろう。そのリスペクトぶりは、『シン・ゴジラ』の劇中に岡本監督の写真を登場させ、元大学教授・牧悟郎なる役名で、一連の事件を解決するヒントを与えるという重責を課したことでも明らかだ。
そう。岡本喜八監督は、現在でもたくさんのファンから讃えられており、岡本監督は間違いなく日本映画を代表する巨匠のひとりだ。にも関わらず、この監督について作品を評論したものや研究などを行った本が少ないのは、岡本監督が生涯をかけて「面白い映画」=第一級のエンタテインメント作品を撮り続けてきたからに他ならない。その種の作品は観客を楽しませることが目的であり、評論の対象にはなりづらい。映画評論家たちが岡本作品の面白さ、語るに値する内容があることに気づいたのは、80年代以降のことと記憶する。
2年前に刊行された、小林淳による『岡本喜八の全映画』の「刊行に寄せて」では、『大誘拐 RAINBOW KIDS』が公開された翌年(1992年)に刊行された書籍『Kihachi フォービートのアルチザン』について言及されている。この本は岡本監督自ら、自作をあますところなく語った書籍として、多くの岡本作品と同じぐらい娯楽性の高い1冊であった。残念ながら現在絶版とのことで(復刻切望!!)、図書館か古書店を漁るしかないのが残念だ。
それに対して『岡本喜八の全映画』は、評論家・小林淳による岡本作品の解説や批評などに加えてデータ的な部分も網羅している。つまりこの本と「Kihachi」は本来兄弟のような関係にあり、その両方を読むことで、岡本喜八監督といかなる人物で、どのような作品を遺したのか。まさにアルチザンを自称した巨匠の全貌が明らかになるのだが、弟分である『岡本喜八の全映画』を読むだけでも充分に楽しめることは保証しよう。
●娯楽映画だけでなく、気骨のある作品を自主製作した巨匠。
岡本監督は東宝でデビューしたが、その背景には石原慎太郎が自作の小説『若い獣』を監督しようとした事件があった。正確には、原作者である石原慎太郎に監督させようと画策した会社に対して、当時助監督修行に精を出していた岡本たちは「監督候補生である我々を差し置いて、シロウトに監督させるのか!」と怒りの声を上げる。会社側は事態を打開するために、慎太郎の監督デビューと同時に、チーフ助監督の中からひとりを監督に昇進させると約束。そこで選ばれたのが岡本喜八だ。以後岡本喜八は軽快なタッチと明朗な作風で新作を撮り続けるのだが、一方で市民の視点を持つことも忘れなかった。当初小林正樹監督が手がけるはずだった大作『日本のいちばん長い日』を引き受けたものの、「庶民が描かれていない」ことに疑問を持ち、『日本の・・』公開後、ATGで『肉弾』を監督する。これは当時ATGが主導していた「1000万円映画」の1本だが、この製作費1000万円のうち半分の額を岡本監督は負担している。そこまでして、そうまでして、自分の思いを貫きたかった。表現したかったのだ。単にエンタテインメント作品を監督しただけでなく、その気骨、その根性、大きな力に飲み込まれることを良しとしない反骨精神にも満ちた、まさにアルチザンと呼ぶに相応しい映画監督であった。
●音楽という視点から見た、岡本監督作品。
本書『岡本喜八の全映画』のタッチは、従来の映画解説書とは視点が異なる。どこが違うかと言えば、著者の小林淳は映画音楽について多数の評論を書いており、そのスタンスが反映されている。即ち岡本喜八監督作品を音楽という切り口からも切っているのだ。岡本監督の盟友であり、岡本監督全39本中32本の音楽を手がけた佐藤勝については、その人柄や音楽に対する姿勢等にも深く言及しており、いわば本書は、ひとりの監督と音楽家の歩みを克明に記録した書籍とも言える。
内容は、岡本監督の各作品のスタッフ、キャスト、受賞歴からストーリー、解説といった項目に「音楽概要」と称し、作品の中での音楽の役割や作曲時のエピソード、効果などについても詳細に触れられている。若干文章に堅さ、古さが感じられるが、評論であることを考えれば、それも許容されることだろう。
岡本喜八監督をリスペクトした『シン・ゴジラ』を起点に、岡本作品を改めて鑑賞し、本書でその音楽とのコラボレーションについて知識を深めてみてはいかがだろうか?
(文/斉藤守彦)