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映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ】 第8回 お父さんたちの、酸っぱい青春が蘇える!! 70年代ヨーロッパ・エロス映画の意味深な惹句たち。

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●ラウラに童貞を捧げることが、十代の頃の夢だった。

 何年か前のこと。筆者と同世代の、つまり50歳前後のおっさんたち数人が飲んでいて、酔った勢いでついこんなことを口走ってしまった。「俺の十代の頃の夢は、ラウラ・アントネッリに童貞を捧げることだった!!」。我ながら恥ずかしい発言をしたと思いきや、その場にいたおっさん全員が「俺もだ!!」と同調してくれたのには驚いた。酒席は奇妙な連帯感に包まれた。思い出すだに酸っぱいあの頃、ヨーロッパのキレイでセクシーな女優さんたちは、いわば僕たちの憧れ、イタ・セクスアリスだった。

 そのラウラ・アントネッリが主演した1973年作品『青い体験』がようやく一昨年、DVD、ブルーレイ化されたことはうれしかったなあ。裏バナシをすれば、この『青い体験』と『続・青い体験』のラウラ主演映画2本のパッケージ・メディアが公開以来30年を経ても我が国でリリースされないことに業を煮やした僕は、知り合いのパッケージ・メディア関係者に片っ端から「なんで出さないんだっ!!」と、商品化をアプローチしていった。すると事情が分かったのだが、このラウラ2作品のパッケージ・メディア化権が、旧作にしてはとてもとても高額で、そこまでのリスクを背負って商品化しても、なにせ30年以上前のタイトルゆえ、どれだけの売れ行きが見込めるのか分からない。そんなに高いのか? ラウラ。その難関を乗り越えてリリースされた『青い体験』『続・青い体験』のDVD/ブルーレイは、発売元のイマジカの山下さんがびっくりするほどの売れ行きを見せたのだった。誰が買ったかと言えば、そりゃやっぱりラウラに童貞を捧げることを夢見たお父さんたちでしょう。
 その『青い体験』の惹句。

「新しいママになる女性(ひと)に
 少年の心は騒いだ・・・
 愛してはいけない人への愛に
 少年はいま〈青春の門〉を通る・・・」

 「青春の門」なんてフレーズが登場するあたり、なかなか文学的な、ちょっと気取った感じの惹句です。


●70年代ヨーロッパ・エロス映画の共通点

 この『青い体験』を代表作とする、70年代ヨーロッパ・エロス映画には、ある種の共通項があります。それは、1=邦題が「体験」「授業」「個人」「夫人」など、ちょっとエッチな妄想をかき立てる言葉が入っている。2=その邦題のロゴが、筆やクレヨンで描いたような書き文字。3=チラシやポスターでは、エッチなおねいさんが、これまた妄想をかき立てるポーズをとっている。4=それなのに惹句は気取った感じで、間違っても「セックス」「初体験」「童貞」「筆下ろし」といった直接的なフレーズを使わない。5=無関係な作品が続編にされている(日本だけ)。
 まあざっとこんなところでしょうか。

 1の「ちょっとエッチな妄想をかき立てる言葉が入っている」のは、日本のピンク映画やポルノ映画にもよく「未亡人」とか「女教師」が使われる、あのセンスでしょうね。そして70年代ヨーロッパ・エロス映画最大のヒット作にして、「●●夫人」という言葉が、エッチな妄想をかき立てる言葉として市民権を得たのも、この映画があったから。
 『エマニエル夫人』。
 もう有名な作品です。主演はシルビア・クリステル。惜しくも60歳で亡くなってしまいましたが、ラウラが「フェロモン過剰で、エッチなおねいさん」なのに対してシルビアの場合は、「若いけどいいとこの奥さんで、脱いだら大胆」というのが、当時の少年たちが抱いたイメージでしょうか。その『エマニエル夫人』の惹句はといえば・・・。

「唇に愛の華咲きほころばせ・・・
 昼さがりの光にさえ肌を許す
 背徳のおまえ・・・エマニエル」

 何とも文学的な惹句ですが、この惹句は男性層だけでなく女性層も意識していることがうかがえます。現に公開当時『エマニエル夫人』を上映した映画館には、女性客がたくさん詰めかけたと言いますから、有名な唐の椅子に全裸で座ったシルビアのビジュアルともども、ロマンティックな映画として当時の女性たちにも認知されたのでしょう。その『エマニエル夫人』の続編「続エマニエル夫人」が1年後に公開されますが、内容が前作よりもハードに、つまりエロティック・シーンが増量されていて、そのことを反映してか、惹句も前作よりも扇情的になっています。

「この黄昏はあなた、あ々私にふれる・・・・
 全世界の注目をその肌に浴びて
 "エマニエル"さらに美しく、さらに大胆に!」

 この場合も前作同様、女性が見ても美しいシルビアのヌード写真がポスター、チラシに使われましたが、前作ほどのヒットにならなかったのはエロティックな要素を強調しすぎたことが、女性層に受け入れられなかったからだと思います。エロスとは、そこはかとなく漂うもの。こっそり見ることに歓びがあるのです。


●配給会社が東映になると、俄然直接的なアプローチになる

 最後にあげるのは、年上のおねいさんと言うより、お母さんに近い年齢の、いわば熟女。『ジャイアンツ』『大いなる西部』など、ハリウッド映画の大作に出演したキャロル・ベイカーが、イタリアで主演した映画『課外授業』は日本では76年の年末に公開されました。公開時キャロルおねいさんは45歳。立派な熟女であり、しかも映画の中では女教師に扮しているのですから、もはやなにをかいわんや。そしてこの映画の惹句が、なかなか直接的で、たいへんよろしい。

「僕の初めての異性は−
 匂いたつ肌も美しい年上の女教師」

 ちなみにこの映画を配給したのが、かの東映の洋画配給部という部署で、さすがは東映。扱う作品が洋画でも、東映カラーと言われる、直接的で強烈な訴求力が漂っています。この惹句と共に、熟女キャロル先生が乳首の透けた服を着てすましているビジュアルがポスターに採用されたのですから、思春期まっただ中の少年たちの脳には、またまたピンクの象が駆けまくったのでありました。

 それにしても、毎年正月には『エマニエル夫人』やら『課外授業』やらのヨーロッパ・エロス映画が堂々と映画館にかかっていたのだから、のどかな時代でした。当時抱いたラウラやシルビアへの不埒な憧れは、お父さんたちの心のなかで、永遠に疼くのでしょうか。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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