連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画を待つ間に読んだ、映画の本】第19回 「写真集『海街diary』」〜あの時鎌倉にいた、四姉妹を思い出すための一冊。

写真集 「海街diary」
『写真集 「海街diary」』
瀧本幹也
青幻舎
3,456円(税込)
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●惚れ込んじゃった。

 近頃これほど夢中になった映画も珍しい。「海街diary」。目下公開中の、是枝裕和監督の新作だ。鎌倉に住む美しき三姉妹が、腹違いの妹・すずを引き取り、共に暮らし共に生きる日々を描いた作品である。別に巨大隕石が地球にぶつかるでもなく、スキンヘッドの女性ともと警官が近未来の荒野を改造マシーンで疾走するわけでも、CGで作られた恐竜たちが大暴れするわけでもない、極めて日常的なエピソードと風景を描いた作品。でも、そんな日常を過ごすことで、すずと彼女の姉たちは、自分のいるべきかけがえのない場所を見つけ、確認していくというお話。綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずの美人女優勢揃い。正直な話、この4大女優が演じていなければ、すっごく地味な話で、全国東宝系323スクリーンで一斉公開とは行かなかっただろう。
 この映画の試写を5月の終わりに見て以来、四姉妹を演じる四人の女優の美しさと演技、それを引き出した是枝監督の手腕に感心しっ放しである。是枝監督の演出は、一言で言って上品。例え長澤まさみがその美脚を誇示していても、そこから感じるのはビッチなエロさではない。今や死語に近い「健康的なお色気」を感じさせ、伸びやかで健やかなイメージを喚起させる。その上品さは映画全体から漂っており、昨今騒々しくて下品な映画が多い(特にアメリカ映画!!)中、異彩を放っていると言っても良いだろう。こういう映画が望まれるということは、何かこう、上品であることに対して憧れがあるんじゃないかな。例えて言えば、秋篠宮佳子さまの持つ気品や清潔感が受けているように。「つまり『海街diary』と佳子様の存在は、共通するのだ」ってこの間ツイッターに書いたら、ふたりの人がリツイートしてくれました。はあ。


●単に場面写真を並べただけの写真集じゃないんです。 

 いかんいかん。すっかり「海街diary」について、熱く語ってしまった。書評だ書評。
 映画の写真集というと、場面スチルをただ単に並べただけの、いかにもお手軽な商品をイメージしがち。実際そういう写真集も多かったし、多くの場合そういう本を買う人たちの目的は、そこに写っている女優のセクシーな姿だったりする。それはそれで、好きな人が買うわけだから否定はしないけど、この「写真集『海街diary』」は違うぞ。もちろん四姉妹に扮する美人女優たちの姿が載ってはいるけれど、映画の舞台になった鎌倉の街、海岸や四姉妹の住む古い家の内部がふんだんに登場する。曲がりくねった電車のレールや、鎌倉の自然の美しさなどは、映画の中ではほんの数秒のショットだったけれど、じっくり見ると、こうしたディテイルがまた「海街diary」という映画が放つ、独自の空気感を形成していることがよく分かる。映画を撮影した瀧本幹也の視点が、この写真集にも移植されている。だからこれは、映画の関連商品であると同時に、瀧本幹也の作品集でもあるわけだ。


●「倒錯」ですか? 是枝監督。

 映画に登場したシーンが静止画として登場する。表紙に使われた四姉妹が庭で花火を楽しむカットは、この映画の象徴とも言うべき、美しさに満ちた一枚だ。背筋をピッと伸ばした綾瀬はるかの艶やかさ。ひとりだけ紺色の浴衣を着た、夏帆演じる三女のマイペースぶりが楽しい。
 四姉妹だけでなく、映画に登場した彼女たちの母親、大叔母さん、「海猫食堂」の女主人と「山猫堂」の主人らも、この写真集にはさりげなく姿を見せ、映画の余韻をさらに深めてくれる。この写真集には「海街diary」という映画の魅力が詰まっており、加えて映画には使われなかった次女・佳乃(長澤まさみ)がすずの髪を切ってあげるシーンや、特報用に撮影された、畳の上で気持ちよさそうに昼寝をする四姉妹たちの写真も満載。いわばこの写真集は映画「海街diary」を補完する書籍であり、同時にスピンオフでもあり続編のような存在でもある。
 そのことを強く感じさせてくれるのが、写真集の最後に添えられた、是枝裕和監督の1ページに渡る言葉だ。「祝福と惜別」と名付けられたその文章は、こんな言葉で始まっている。
「もう、あの四姉妹は、あの街にはいないんだ...。
写真集の最後のページの、二階の窓辺に四人が寄り添った写真を見ながら 僕の中に湧きあがっていた感慨は、そんな、ちょっと倒錯したものだった」
 そう。四姉妹はもう鎌倉のどこにもいない。だって映画だもん。四姉妹を演じたのはプロの女優たちなのだから。仕事が終われば現場を去る。そして次の仕事の準備に入る。映画を撮った是枝監督は、そんな「創られたモノ」と「現実の存在」のギャップをよく心得ているのだろう。彼の言う「倒錯」は、「海街diary」という映画に惚れ込み、この写真集を手にした人たちだけが味わうことが出来る、特別な快楽なのだ。
 願わくばこの写真集をずっと手元に置いておき、例えば10年後、20年先に映画を思い出す際の手引き書にしてもらいたいと思う。「海街diary」という映画に出会った、2015年初夏に抱いた、あの気持ちを忘れないために。あの四姉妹を忘れないために。

 その時この国が、平和でありますように。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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