謎の言語「クー」にプロレスの記号化が重なるソ連製カルトSF『不思議惑星キン・ザ・ザ』
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プロレスでは、選手が各自特徴的な決め台詞やポーズ・ジャスチャーを駆使し、観客もチャント(決め台詞、罵倒の合唱など)によって応え、相互に盛り上がる仕組みが成り立っています。
この記号化されたお約束がひとつの肝なのですが、今回のお題『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)は、その辺りがプロレスと重なる(気がする)珍品であります。
本作はソ連の体制が緩くなり始めたペレストロイカ期に製作されたSFコメディ(※)。
地球に迷い込んだ異星人の言葉を適当に聞き流し、差し出されたテレポート装置に触れ、「キン・ザ・ザ」星雲に属する砂漠の惑星「プリュク」に飛ばされた建築技師マシコフさんとバイオリン弾きのゲデバン君が、不思議な現地人とその文化に関わりながら地球帰還を目指す珍道中。
プリュク到着後、地球人コンビは釣鐘型宇宙船に遭遇。中から現れた二人の現地人は何やらクークー言いながら謎の屈伸を開始します。この時点では何のことやらですが、マシコフがプリュクで高い価値になるマッチ(頭薬の化学物質)を持っていたため、ヒッチハイクに成功。道中でこの惑星のことを知ることに。
住人はテレパシーで思考を読めるため、地球の言葉も理解し話せるものの、公に口にする言葉は全て「クー」か、罵声の「キュー」のみという、大阪弁における全て「なんや」で会話が済む都市伝説を思わせるような謎設定。
プロレスでいうと、WWEでヒール選手のスピーチに対し「What?(はぁ?)」と脊髄反射的に反応する事象があり、これはまさに「キュー」的です。
また、支配者層であるチャトル人に抑圧されるパッツ人(地球人含む)は、チャトル人に会う時、前述した「クー」と言いながら頬を叩いて腰をかがめる挨拶に加え、鼻に小さな鈴を着けて身分の低さを示すというのが掟。
プロレスでは選手のポーズに合わせて熱心な観客が模倣しますが、リック・フレアーやハルク・ホーガンなど超大物が登場する場合には、過剰な敬意を示した(両手を揃えて上下に振り)平伏を思わせるジェスチャーが見られます(それを観た別の観客も真似ることも)。
言葉にせよ、ポーズにせよ、思わず真似したくなるのも本作とプロレスの共通点かも。
そして後半、裏切った宇宙船コンビをエツィロップ(警官に相当)に引き渡すも、ゲデバン君の盗み癖のおかげで地球帰還のカギとなる加速装置を入手したことから、このままだと寝覚めが悪いしぃと、投獄された宇宙船コンビを救出。これで思い残すことなく地球帰還やで!となりますが、とある事実の発覚でバッドエンドへ一直線。
だがしかし、タイムスリップという荒業でもう一度正しい結末へ・・・とまあ、映画冒頭に絡む皮肉めいたループオチ(一応ハッピーエンド?)は、年代毎に人材を替えて同じようなネタを延々とループさせているWWEのストーリー展開と重なる気がしないでもないのでした。
(文/シングウヤスアキ)
※他民族に支配されて来た歴史を持つグルジア出身の監督による本作は、グルジア人(パッツ人)と支配民族(チャトル人)の比喩が込められているとされますが、パッツ人はすぐ裏切るし、地球人のゲデバン君は盗み癖があるなど、抑圧される側にも問題があると示唆しつつも、人間とはそういうものだという開き直りが伺えます。曖昧が故に観る側の想像の余地を残す点もSF作品として好印象でした。