「これからも最新形で戦いたい」谷川浩司九段、自らを語る

写真:河井邦彦
14歳で棋士になり、史上最年少名人に駆け上がった谷川浩司(たにがわ・こうじ)九段。50代半ばにさしかかった谷川九段にとっていかに集中力を切らさずに戦い抜けるかが、現在のテーマだと語る。

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■これからも最新形で戦いたい

私が始めに大きな影響を受けた棋士は、地元・神戸にお住まいの内藤先生(國雄九段)です。当時はプロ棋士の存在自体が世間にあまり知られていない時代でした。内藤先生の幅広い活動が世間に棋士という職業があることを広めたのだと思っております。小学生のときにイベントの席上対局で二枚落ちで教わったことはよき思い出です。
10代のころ影響を受けたのが中原先生です。私が奨励会に入る前の年に大山先生(康晴十五世名人)から名人位を奪取されました。しかも、私が八段になるまで中原名人時代が続いたのです。ほかの棋士が大山振り飛車を攻略できない状況で、中原先生は積極的に攻めて難攻不落の大山先生を負かしたのです。積極的に攻め勝つ姿勢に刺激を受けました。
中原先生の連覇を9で止めたのが加藤先生(一二三九段)です。名人はそう簡単に動かぬ地位だと思っていたので衝撃的でした。翌年、私が加藤名人に挑戦しました。中原先生にはリーグ戦と挑戦者決定戦で勝つことができましたので、名人に挑戦する資格はあると自信を持って臨んだものです。
周囲が新しい人材を熱望しているような雰囲気を感じましたし、チャンスはあると思って名人戦に臨みました。ですが、まだまだ実力的には及ばないと感じていたので、21歳で名人を獲得したとき「1年間、名人位を預からせていただきます」と発言したのは紛れもない本音です。当時の私は攻めの鋭さこそありましたが、総合的な厚みという面で劣っていました。泥仕合のようなねじり合いになったときには自信が持てず、当時のトップ棋士とはまだ差があると感じていたのです。
羽生さん(善治三冠)との戦いでは、いろいろなことがありました。これまで165局対戦していますが、前半はこちらが考えすぎて勝てない時期もありましたね。ですが、1995年1月17日に阪神淡路大震災で実家が倒壊して状況が一変。日々の生活のことで頭がいっぱいになり、ほかのことを考える余裕がなくなりました。震災を経験したことで初心を取り戻し、このときの王将戦七番勝負は結果を恐れずに伸び伸びと指せました。
後半の戦いは雑念が消えて盤上に集中できるようになりました。お互いの技術を出し合った印象深い将棋も増えたと思います。ただ、ここ最近は私がだらしなく、羽生さんのよさを引き出すことができていない状況に、もどかしさを感じることも……。
これまで思い出深い将棋は数々ありますが、理事になってから特に印象深い対局が2局あります。いずれも、いかに集中力を切らさずに戦い抜けるかといった、50代になってからのテーマを貫き通せた将棋でした。
一つは2011年11月10日の第70期A級順位戦で郷田さん(真隆王将)に負かされた将棋です。持将棋指し直しとなり、終局したのが午前4時37分。千駄ヶ谷駅から電車でホテルまで帰り、少し休んで盛岡の「将棋の日」のイベントに行ったことをよく覚えています。東日本大震災から8か月後のことでした。
もう一局は広瀬さん(章人八段)との第28期竜王戦2組(2015年10月23日)です。千日手指し直しとなり、終局時刻は午前2時3分。広瀬さんを相手に深夜に及ぶ激戦を制して1組に復帰できたのが自信になりました。
これからも最新形を中心に戦っていければと思っております。若手が少しでも私の将棋を参考にしてくれるように頑張りたいです。
■『NHK将棋講座』2017年3月号より

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