鍵はパートナー

生活に密着した道具の一つ、鍵。鍵との付き合いをテーマにした歌を、「塔」選者の栗木京子さんが紹介します。

* * *

以前に夫が家の鍵を紛失してしまったことがあります。そのときは動揺しました。現金を落としたのなら(金額にもよりますが)まだ諦めがつきますが、家の鍵の場合はそんなふうに達観するわけにいきません。悪い人が拾って家を突きとめ、泥棒に入られたら一大事。早速、業者に頼んでドアの鍵穴ごと取り替えてもらいました。
 
鍵穴へ鍵さしこめり己が家の証かかちりと音して回る

沖 ななも『白湯』


鍵穴に鍵を差し込んでカチリと回す。日々当たり前のように行なっていることですが、そのたびにかすかな緊張感を覚えます。「己が家の証か」という表現はけっして大げさではなく、カチリと回る音を聞くと、自分自身の存在証明を与えられたようで、ほっとするのです。
持ち歩く鍵の一束どの鍵も生くるわが身のにほひをまとふ

木俣 修『雪前雪後』


まさに鍵は作者の分身。そういった親愛感に満ちた一首です。自宅の鍵だけでなく、離れた地に住む家族の家の鍵、仕事場の鍵、自動車や自転車の鍵など、気が付けば鍵は増えてゆく一方です。「鍵の一束」とあるように、キーホルダーにまとめて大切に持ち歩いているのでしょう。日に何度も使う鍵もあれば、時々しか使わない鍵もあります。それらのどれもが生活のパートナーなのです。「わが身のにほひをまとふ」は、実際に匂いが移ったというよりも、作者の気持ちと鍵の質感との一体化を示した表現と捉えればよいでしょう。
■『NHK短歌』2017年3月号より

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