趙 治勲名誉名人が語る碁界の夫婦あれこれ その2

イラスト・石井里果
『NHK 囲碁講座』の連載『趙治勲名誉名人のちょっといい碁の話』。2017年1月号では、先月に引き続き、囲碁界の夫婦にまつわる楽しいエピソードを綴っています。

* * *

今回も夫婦の話を。結婚が発表された際の衝撃度からしたら、このカップルが一番だったかもしれません。楊嘉源(九段)・知念かおり(五段)夫妻です。知念さんは笑顔がシンボルマークみたいに言われて、大人気でした。当時の囲碁雑誌にはこんな見出しが躍ったそうです。「楊嘉源(ようかげん)、いいかげんにしろ」。同感です。
嘉源さんはリーグ戦に入ったこともある実力者。いつタイトルを取るのかって雰囲気だった。今のところそうなっていないのは、知念さんへの愛が深すぎたのかもしれない。それだけ愛する価値のある人です、知念さんは。
昔、知念さんとある棋戦で海外へ行きました。お互いに三番勝負を戦って、ともに二連勝で決着。三局目を打つ予定だった日がオフになりました。テニスをしようって流れになってね。そのころぼくはテニスが趣味だったから、いいところを見せられるぞってほくそ笑んでいたわけ。そしたら知念さん、うまいのなんの! びっくりですよ。さらに「テニスは初めてです」と聞いてもう一度びっくり。経験者のぼくがずっとゼエゼエ言ってました(笑)。
夜は宿のバーで皆とお酒を飲んでね。今までの人生でいちばん幸せと感じたことを一つだけ話すことになったの。
そのときの知念さんの話、よかったなあ。一字一句正確には思い出せないんだけど、「夫と出会えたことが一番の幸せ」みたいな内容だったんですよ。腹が立ったなあ、嘉源に(笑)。ほんと、いいかげんにしろって話です。
小山竜吾(六段)・栄美(六段)夫妻は楊、知念夫妻と似ています。竜吾さんはとても穏やかな人で、絶対に優しいって確信できるほどです(笑)。男特有の、オレがオレがっていうのがないんじゃないかな。栄美さんだけじゃなく、家族に愛のすべてを注いでいるイメージが強くあります。
栄美さんは特に早碁が強い。男性に交じって準優勝したこともあったと記憶しています。そして何といっても子どもの空也(くうや) (三段)です。すごく楽しみがあります。竜吾さんが子育てで栄美さんをしっかりバックアップしたおかげもあるんじゃないかなあ。
杉本明(八段)・向井千瑛(五段)夫妻のところもいい。ここは不思議な夫婦です。杉本くんを皆さんはご存じですか。目立った成績は残していないけれど、碁の質はとてもいい。もっと活躍してもおかしくないと思うんだけど、あまり出てこない名前だよね。
恐らく、千瑛ちゃんが教えを受けていると思う。あれだけ強くなったのは杉本くんの功績が大きいとにらんでいます。もちろん、千瑛ちゃん自身の努力が大前提での話ですよ。
彼は優しすぎるのでしょう。優しさが才能にマイナスに作用するのは珍しいことではない。でも、教えるのは才能だけで十分です。ゴルフの世界にはレッスンプロというジャンルが確立されています。アマチュアだけでなく、プロのトッププレーヤーにだってコーチが付く時代。杉本くんにはそういうコーチと同じ雰囲気があります。
最後は囲碁界と将棋界の組み合わせです。穂坂繭(三段)さんと将棋棋士の先崎学(九段)さん。思い出しただけで震えてきます。悔しいです。穂坂さんは碁界のアイドルでした。小林光一(名誉棋聖)さんの弟子で秘蔵っ子と評判でした。それを先崎に持っていかれた。無念だったでしょう(笑)。羽生(善治三冠)さんなら分かる。谷川(浩司九段)さんでも文句なし。なのにどうして先崎なんだと…。
碁界では怨念のようなものが渦巻きました。先崎でOKならオレもチャレンジするのだったと涙する棋士もいたとか(笑)。繭ちゃんは超高嶺(たかね)の花みたいなイメージがあったからね。
彼とは何度かお酒を飲んだこともあってその度に言おうとしたんだけど、なかなかね。先崎さん、今度飲むときは覚悟して来てね(笑)。
■『NHK囲碁講座』2017年1月号より

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