「恥は知らないほうがいい」──穂村弘×北村薫の詩歌対談

左/北村 薫さん、右/穂村 弘さん 撮影:成清徹也
テキスト『NHK短歌』では、2016年7月号より連載「穂村弘、対して談じる。」がスタートします。人気歌人・穂村弘(ほむら・ひろし)さんが、ことばを生業とする方をお迎えし、短歌はもちろんのこと、創作の苦労や裏側、言葉が織りなす世界の魅力について、存分に語り合っていただきます。
第1回のゲスト・人気ミステリ作家の北村薫(きたむら・かおる)さんは、詩歌の世界にも深い造詣と関心をお持ちで、このほど『うた合わせ 北村薫の百人一首』(新潮社)を上梓されました。今月から3回にわたり、おふたりの濃密かつ精緻な対話をみなさまにお届けします。

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■塚本邦雄と中井英夫に学ぶ逆張りの美学

北村 今回、対談をするにあたり、穂村さんの最初の歌集『シンジケート』(沖積舎)を読み直してみたんです。あらためて気づいたんですが、黒鍵の歌が三つもあった。〈フーガさえぎってうしろより抱けば黒鍵に指紋光る三月〉〈その首の細さを憎む離れては黒鍵のみをはしる左手〉〈腱鞘炎に祝福を 黒鍵は触れるそばからパセリの色に〉。
穂村 僕は塚本邦雄に洗脳されていたので、白い鍵を歌うのは普通すぎて論外なんですよ。ハナから「黒鍵以外の選択肢はなし!」みたいな(笑)。つまり、全部逆じゃないとダメ。これは、負数の王たる塚本&中井英夫連合軍による価値観の刷り込みで、七、八〇年代に短歌に目覚めた若者は、僕に限らず、みなこの二人にかぶれていたと思います。この癖は根強くて、ミステリ小説も、普通の推理ものは飛ばして、いきなり中井さんの『虚無への供物』を含むアンチミステリの三大奇書から読み始めるような人間でした。
北村 〈呼吸する色の不思議を見ていたら「火よ」と貴方は教えてくれる〉という歌も面白かった。ここの「貴方(あなた)」は「貴女」ではないんですね。「火よ」は女性の話し言葉ですけど、「貴女」にはしないんだな、と。
穂村 「火よ」だけでも、女性であることは十分伝えられますからね。説明を最小限にとどめ、ギリギリのところを狙いたいです。つまり、なるべく散文化したくない。
北村 「○○と言った」ではなく、「○○と言われた」のような、受け身の形の歌が多い印象もあります。
穂村 寂しいですよね。リアルに言ってくれる人がいないから、脳内で仮想恋人を作っていたのでしょう。限界までエキセントリックなやり取りをすることで、二人の愛が確認できるみたいな、そういう自分の欲望がメチャクチャ露出している。今はもう、そうした歌は書けませんけれど、それって「恥ずかしい」という感情を知ってしまったからなのかな。ダメですよね。やっぱり短歌を書くことにおいては、恥は知らないほうがいい。
北村 そういう恥ずかしさは、「短歌=作者本人」という暗黙の前提があるから。そこが小説とは大きく異なります。ミステリ作家の綾辻行人(あやつじ・ゆきと)さんが、作中でどれだけ殺人事件を描いても、彼が殺人鬼だとは思わないわけで。
※続きはテキストでお楽しみください!
■『NHK短歌』2016年7月号より

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