子猫のあわれで一句

新しい選者の方々を迎え、装いも新たにスタートした『NHK俳句』。2016年度の選者の一人、正木ゆう子(まさき・ゆうこ)さんが講師を務める講座「季語をめぐる人と風景」では、毎月一つの兼題をテーマに名句を紹介していきます。4月号の兼題は「子猫」。

* * *

あら? 子猫の声。水仕事をしていた手を止め、もうすっかり暗くなった雨の庭を見ると、ガラス戸の向こうから、必死の形相で鳴きながら家の中を覗(のぞ)き込んでいるずぶ濡(ぬ)れの小さな姿がありました。たくさんの猫を飼い、長生きした上でみんな旅立ち、もう猫は飼わないと決めていたのに、震えながら助けを求められては見捨てるわけにいきません。
助けんとしたる子猫の立てし爪

稲畑汀子(いなはた・ていこ)


針ほどの牙きばにて子猫抗(あらが)へり

ゆう子


野良猫は助けが必要なときでも人を怖れるもの。特にパニックに陥(おちい)ると、小さな爪と小さな牙で抗います。一句目の子猫は無事稲畑家の猫になれたでしょうか。わが家に来た雨夜の子猫は、馴れないまでも毎日通ってくるようになりました。
猫の子のどう呼ばれても答へけり

有馬朗人(ありま・あきと)


猫の子のつくゞ見られなきにけり

日野草城(ひの・そうじょう)


どちらも寄る辺ない子猫の姿ですが、人間の庇護のもとに居るとわかるのは、「呼ばれ」や「見られ」という受身の動詞が、見守っている人の存在を感じさせるからです。どんな名前で呼ばれても答える猫は、すでに人を信用しているのでしょう。見つめられただけでも答えようとする猫には、もっと幼い猫のあわれがあります。
※5月の兼題は「余花(よか)」です。お楽しみに。
■『NHK俳句』2016年4月号より

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