木谷道場の囲碁三姉妹

イラスト:石井里果
『NHK 囲碁講座』の連載「二十五世本因坊治勲のちょっといい碁の話」。師匠・木谷實九段、呉清源九段の思い出から、石田章九段へのジェラシー、王立誠九段に対する恨み言まで、趙治勲(ちょう・ちくん)二十五世本因坊ならではの語り口で紡がれるエッセイは、碁界においてのみならず、広く人気を博しています。6月号ではいよいよ女流棋士が登場します。

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連載2年目の今になって、はたと気付いたことが…。実はお母様(師匠・木谷實夫人)以外に、女性の登場が全くありませんでした。埋め合わせというわけでもないのですが、今月からは「三姉妹」のお話をしようと思います。
三姉妹とは、佐藤真知子二段(旧姓・井上)、石榑(いしぐれ)まき子三段(同・大代)、小川誠子六段のこと。名字がみんな違うことからも分かるように、本当の姉妹ではありません(笑)。皆さん木谷道場の通い弟子で、ぼくよりも3、4年あとに入門してきました。木谷門下生としてはぼくの後輩になりますが、歳は少し上。お姉ちゃんというふうに慕っていた記憶があります。
この3人、ものの見事に性格が分かれていてね。佐藤さんは下町のお姉さんといった雰囲気。漢字としては「お姐さん」のほうを使いたいイメージかな(笑)。ま、あくまでもぼくの勝手な想像ですがね。そうそう、お母さんのような温かさも伝わってきたな。とにかく気風(きっぷ)がよかった。それと髪の毛が長かったのをよく覚えています。
石榑さんは清楚(せいそ)な印象しか残っていません。例えるなら山口百恵さん。気品があってねえ、それに美しかった。かわいかったではなく、美しいです。当時少年のぼくがこんなふうに覚えているのですから、相当なレベルだったのは間違いない。物静かで当然のように優しくて、高貴な薫りを漂わせている人だった。なぜぼくの初恋が石榑さんじゃなかったのか、心の底から後悔したくなるほどです(笑)。
小川さんは何か少しでも困ったことがあると「わたし、分かんな〜い!」。これを武器としていました。いや、何もなくても「わたし、分かんな〜い!」を連発していたかな。で、当時から中年キラーでした。はっきり言いましょう。「ぶりっ子(こ)」という言葉がありますよね。昔のアイドル、今でも人気がありますが、松田聖子さんがそう呼ばれていました。「かわい子ぶる」を略したそうで、自分をかわいく見せる芸当にたけている女性を揶揄(やゆ)した言葉です。聖子ちゃんは「ぶりっ子」の元祖と言われていますが、それは正確ではありません。元祖は碁界にいたのです。まあ、どちらの「ぶりっ子」も今思えばとってもかわいいのですが、小川さん、負けていなかったと思いますよ。
「ぶりっ子」はいまだに健在です。最近、こんなことがありました…。あ、ここからの話は他言無用でお願いします。
小川さんは現在、日本棋院の理事を務めています。理事長や他の理事と力を合わせ、棋院のため碁界のため、一生懸命頑張ってくれています。ただ、理事長がどうも小川さんの「ぶりっ子」にマイッチャッタらしいのです。棋士にも職員にも人望が厚い人格者なのですが…。
理事長が就任した直後のことです。「あなたと小川さんに、いろいろと話を聞きたい。○月○日は空けておくように。酒はおいしいものを用意しておこう」との連絡がありました。
待ち合わせのお店に行くと、理事長と秘書の方(と思う)、そして小川さんがすでにいました。3人の雰囲気から、理事長がメロメロだということに気付きました。
理事長「チクンさん、どうですか、このお酒。なかなかいけるでしょう?」
ぼく「はい。おいしいです」
3時間くらいそのお店にはいました。その間、理事長とぼくの会話はこれだけ。あとはずっと小川さんと話してばかりでした。
来月も「三姉妹」のちょっといい話です。
■『NHK囲碁講座』2015年6月号より

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