「物語」の原型はギリシア悲劇『オイディプス王』にある

ペロポネソス半島東部に位置する古代ギリシアの都市、エピダウロスにある野外円形劇場遺跡
紀元前5世紀、古代ギリシアの三大悲劇作家アイスキュロス、エウリピデス、ソポクレスによって最盛期を迎えたギリシア悲劇。そのなかでソポクレスの『オイディプス王』は、運命にあらがい、運命によって破滅していく一人の人間を描いた、比類なき傑作といわれている。
作家・法政大学教授の島田雅彦(しまだ・まさひこ)氏は、「物語」の原型は『オイディプス王』にあると指摘する。

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紀元前5世紀に書かれ、また民衆の娯楽として演じられてきたこの戯曲を、遠く時代が隔たった21世紀の私たちが読むことに意味があるのかと問う人がいるかも知れませんが、私たちはここに、過去から現在まで脈々と続く「物語」の元型を見出すことができます。
ざっと挙げるだけで、父殺し、近親相姦(そうかん)、自分探し、捨て子の物語と、いまもなお小説などで人気のテーマが、すべて盛り込まれています。さらには「起承転結」という、物語を展開するうえで重要な形式の元型も見てとれる。謎解きを基本とする手に汗握る展開は、まさに推理小説のようです。波瀾万丈(はらんばんじょう)な運命にさらされるオイディプスという男が登場しますが、彼はセリフのひとつひとつのなかに、起伏の激しい喜怒哀楽や、神も呪う絶望や、ときに自分でも抑えきれない暴力や、あるいはあわれみの情などを、さまざまに発露していきます。このいかにも人間くさい男の懊悩(おうのう)する姿に、私たちは惹(ひ)かれずにはいられません。
古代ギリシア哲学では、規範としての法のことを「ノモス」と呼びました。それに対する概念が「ピュシス」、自然です。この『オイディプス王』という悲劇は、王らしい威厳と風格を持ちながらも激情をあらわにするオイディプスの存在を通して、人間もまたその内側に「ピュシス」を抱え込んだ存在であることを、私たちに教えてくれるはずです。また、素朴なことを言うようですが、2400年も前にギリシア語で書かれた戯曲を、もちろん翻訳を通じてではあるものの、現代の日本人にもよく理解できるというのは不思議なことです。人間は、進化し続けているようでいて、本質的なところでは2400年前となにひとつ変わっていない。彼らと私たちはひと続きの存在なのだと、しみじみ実感することができるのです。
■『NHK100分de名著 ソポクレス オイディプス王』より

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ソポクレス『オイディプス王』 2015年6月 (100分 de 名著)
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