河野 臨九段が井山裕太名人との七番勝負で得たもの

河野 臨九段 撮影:小松士郎
井山裕太(いやま・ゆうた)名人への挑戦権を獲得した河野臨(こうの・りん)九段。初めての七番勝負で得たものとは──。

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名人戦七番勝負は、二日制の碁を初めて打てるということで、開幕するのが本当に楽しみでした。実際に戦ってみて思ったのは、持ち時間がたっぷり8時間あるので「よりよい手はないか?」と考え工夫する時間があり「これは棋士として本当に幸せなことだ」ということでした。そういう姿勢で碁盤に臨むことを求められているのだな、と実感したのです。
封じ手とか打ち掛けの夜に関しては、特に心配とか戸惑うことはありませんでした。「封じ手を書き間違えるのではないか?」という不安もなく「もし書き間違えたら、それはそれで面白い」と思っていたくらいですから。二日制には、割とスムーズに対応できたのではないかと思っています。
ですから今回の七番勝負、自分の力は出し切れました。第1局は死活がらみの難しい碁になり、結局は負かされてしまったのですが、このときに感じたのが「思ったほどボロボロにされなかったな」ということで、この時点で二日制でもやっていけるという感覚はつかめました。
それで第2局と第3局を勝つことができたのですが、第4局と第5局は僕の苦しい時間が長かったので「やはり井山さんは強い」というのが、カド番に追い込まれたときの正直な気持ちでした。
結局、第6局も負かされてしまったのですが、一つの局面であれだけとことん考える経験を積めたということが、最大の収穫だったと言えるでしょうか。序盤の何気ない場面でも立ち止まって、よりよい手がないかを突き詰めて考えてみる──今まで経験したことがなかったので、棋士としての本分というものを改めて思い知らされたように感じました。碁というのは考えることが無限にある──この当たり前のことを再確認できただけでも、七番勝負を体験できて本当によかったと思っています。
そして碁聖戦、名人戦と二つのタイトル戦で井山さんと戦えたことも、僕にとって大きな財産となりました。井山さんはすべてにおいてすばらしい棋士ですが、僕が最もすごいと思うのは「厳しさを追求する」という、その姿勢です。きつい手というのは当然ながらリスクも大きいので、形勢がいいときなどはつい安全策を取りたくなる。しかし井山さんはあくまで最強の手を打ってくるわけで、その姿勢を支えているのが読みの正確さです。こうして自分を完全に信頼できるところが強さの要因なのだということを、実際に戦ってみて肌で感じました。
昨年一年間を振り返ってみると、対局数が過去最多だった分、勉強に割ける時間は減りました。その代わりに井山さんとの対局や世界戦など、実戦で学んだことが多かった一年でした。ビッグタイトルには手が届かなかったので残念な一年ではありましたが、これを糧に今年はさらに成長できるように頑張っていきたいと思っています。
■『NHK囲碁講座』2015年5月号より

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