NHK杯を制した20歳の伊田篤史八段──囲碁界の戦国時代の幕開け

左/伊田篤史八段 右/一力 遼七段 撮影:小松士郎
絶対王者・井山裕太(いやま・ゆうた)四冠。惜しくも七冠は達成できていないが、まだ二十代半ばである井山の天下が当面は続くであろうと予想していた方が多いと思われる。しかし、今年のNHK杯囲碁トーナメントが、囲碁界の戦国時代の幕開けとなったことは、間違いないであろう。

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■「剛の伊田」対「柔の一力」

第62回NHK杯囲碁トーナメントの決勝に勝ち上がったのは、今回初出場の若手棋士二人である。一人は、NHK杯3連覇中で優勝候補筆頭の結城聡(ゆうき・さとし)九段を破った、伊田篤史(いだ・あつし)八段。そしてもう一人は、河野臨(こうの・りん)九段、高尾紳路(たかお・しんじ)二冠、井山裕太四冠という、昨年のタイトル戦線の主役を演じた3人を撃破した、一力遼(いちりき・りょう)七段。
伊田は20歳、一力は17歳。どちらが勝っても史上最年少での優勝となる、囲碁界注目の一戦である。
対局前の控え室をのぞいてみると、一力が若干こわばった面持ちなのに対し、伊田は笑顔を見せるなど終始リラックスした様子。だが、いざ対局の席に着くと、二人ともベテランのような落ち着いた顔つきに変わり、微動だにしない。
対局は、解説の石田秀芳二十四世本因坊が「剛の伊田」と「柔の一力」と評したとおり、黒番の伊田が模様を大きく広げて戦いに誘うと、一力は三線に深々と入り込んでシノギ勝負に出る。白が二眼に近い形で生き、黒は少なからぬ確定地を得た結果に、石田は「黒番の伊田が優勢」との判断を下す。

■伊田が初優勝を飾る!

一力が苦しそうな表情を浮かべるのに対し、伊田は考慮時間を使わないどころか、ほとんどノータイムで打ち進めていく。しかし一力がタオルで顔を拭い、気合いを入れ直して我慢の態勢に入ると、徐々に伊田の着手に乱れが生じ始める。
中盤までの黒の大優勢から予想に反してヨセ勝負となったが、最後は伊田が冷静に考慮時間を使って勝ちを読み切り、257手をもって黒の中押し勝ちとなった。
控え室で最後まで熱心に検討を続けていた結城は「力強さ、スピードの速さなど、伊田さんのいいところが出た一局でした。一力さんは力を出せず、不満が残ったでしょう」と二人の熱戦を評した。しかし、結城の闘争心にも改めて火が付いたようで、「碁に年齢は関係ありません。若いから勝つわけではなく、強い人が勝つのです。次期は、頑張ります」と締めくくった。
一力の師匠であり、今年の3月まで囲碁フォーカスの司会を務めた宋光復九段は、「一力は伊田君とは研究会で一緒になることもあり、すごく親しくさせてもらっています。今回は伊田君にいい経験をさせてもらったことに感謝です」と、今後の二人の活躍を確信しているようだった。

■テレビ囲碁アジア選手権に期待!

8月に行われるテレビ囲碁アジア選手権戦には、伊田、一力の二人が出場する。世界のトップ棋士相手にどのような戦いを見せるのか、今から楽しみでならない。ぜひ、伊田対一力の決勝戦を見たいものだ。
■『NHK囲碁講座』2015年5月号より

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