「チクンちゃん、いい子ねえ」──木谷道場で過ごしたかけがえのない日々

イラスト:石井里果
NHKテキスト『囲碁講座』の人気連載「二十五世本因坊治勲のちょっといい碁の話」がスタートして間もなく一年。連載開始時から、一年の締めくくりには師匠の木谷實九段(故人)夫妻と木谷道場の話をすると決めていたという。本年度最後となる3月号では、木谷道場で過ごしたかけがえのない日々を活写する。

* * *

内弟子時代は本当に恵まれていました。兄弟子からいじめられることもなく、碁の修業には最高の環境でした。
院生のころ、こんなことがありました。リーグの最終戦を迎え、勝つと昇級というしびれる状況。道場に戻ると、みんな一斉に顔を向けて「どうだった?」。本当は負けたのですが思わず、「勝ちました」。すぐにバレるのにね。ただ、不思議なもので、その後の記憶がないんです。その「ウソ」について怒られた記憶が。現代ではそういうウソがいじめのきっかけになるのにね。
木谷先生は、碁で一番のヤツが世の中でも一番という空気を道場に絶えず供給していました。そういう思いは必ず弟子に伝わるもの。ヤンチャだったぼくでも碁に対しての誇りだけは少しずつだけど積み上げることができました。
師匠が宣言した「10歳で入段」は果たせませんでしたが、きつく叱られてようやく一生懸命勉強する気になりました。先生の宣言に遅れること一年。昭和43年に11歳9か月で入段(プロ入り)しました。
そのころ先生は、2度の脳溢血を乗り越えはしていましたが、あまり無理はできません(昭和43年12月に公式戦最終対局)。必然的に、お母様の美春夫人にみんなが頼るようになっていきます。
お母様の思い出もいっぱいあります。たまにおつかいを頼まれることがありました。優しい声で、「チクンちゃん、気を付けて行ってらっしゃい」と、財布をポンと渡してくるんです。中身を確かめもせずにね。子供心にすごくうれしかった。くすねてやろうと思えばできる。でも、できないよね。
もう一つ聞いてください。夜は3室ある6畳の部屋に3、4人ずつで寝ていました。パジャマに着替えたあと、脱いだものは畳んでおくのが決まりなんだけど、ぼくは当然のようにできない(笑)。でもある晩は、なぜかできた。そしたらね、頭をなでてくれたんです。お母様が「チクンちゃん、いい子ねえ」って言いながら。ぼくは寝たふりをしました。お母様の声と温かい手がとっても心地よかったから…。
木谷道場は平塚とのイメージがありますが、ぼくが来日したころは日本棋院のある市ケ谷から電車で一駅の四ツ谷に移転していました。ただ、先生の体調が思わしくなく、昭和49年に道場を解散して平塚に戻ることになります。先生に付いて行った門下生はぼくを含めて3、4人だったかな。
実はこの平塚での生活が、かけがえのない日々となります。ある程度碁も強くなり、一緒に平塚に移った弟子の中では兄貴分。だから自分でいろいろやらないといけない。この責任感が心地よかったです。
先生を見舞いに行き、将棋と散歩にお付き合いするのを日課にしました。先生はもともと強かったけれど病気で棋力はダウン。見よう見まねで覚えたぼくとちょうど釣り合った。勝ったり負けたりで先生も楽しそうだったけど、ぼくも楽しかった(笑)。
たまに兄弟子も来て先生と将棋を指すんだけど、みんな強いから加減するんだね。そして最後は勝ちを譲る。だから先生は、兄弟子たちは弱いと思い込んじゃった。お母様が「将棋は誰がいちばん強いの?」と聞いたら、「チクンだ、筋がいい。他は弱くてつまらん」って言ったとか(笑)。
平塚では先生とお母様にたくさんの時間を共有させてもらいました。先生ご夫妻には碁だけではなく、人格形成においてもお導きをいただいたと強く思っています。
呉清源先生が12月に亡くなられました。今ごろは二人で新布石の続きの研究かな。お母様のいれたお茶を飲みながら…。
■『NHK囲碁講座』2015年3月号より

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