「正義」の反対は「悪」ではないという考え

おクジラさま ふたつの正義の物語
『おクジラさま ふたつの正義の物語』
佐々木 芽生
集英社
1,836円(税込)
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 2017年9月に日本で公開された長編ドキュメンタリー映画「おクジラさま ふたつの正義の物語」。この映画を作った佐々木芽生(ささき めぐみ)氏の手による同名の本書は、映画を制作する過程で経験した様々な出来事を通じて、捕鯨に反対する西欧諸国の正義と、捕鯨を伝統や文化として守り続ける日本人の正義とを間近で見つめた7年間の日々を描いたものです。

 「おクジラさま ふたつの正義の物語」の映画制作を著者に決意させたのは、和歌山県太地町で行われているイルカの追い込み漁を取り上げた「ザ・コーブ(原題:The Cove)」が、2010年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したのがきっかけでした。「ザ・コーブ」は、日本人が残酷なやり方でイルカやクジラを殺していると訴え、世界中に大きな衝撃を与えます。しかし、佐々木氏はその映画の意図や制作者の姿勢に納得できませんでした。

 アメリカに20年以上住んでいる著者は、「アメリカ人は宗教のようにクジラを崇拝している」と言います。クジラやイルカは人間とコミュニケーションができるほど賢く特別な存在と信じ、日本など海洋国家の乱獲によって絶滅の危機に瀕しているという環境保護団体の過激な主張が支持されているのです。ところが、政府をはじめとする日本側は、これまでほとんど自らの立場をきちんと説明することはなかったようです。捕鯨というテーマを日本の視点からも掘り下げて、海外に発信したいと考えた佐々木氏は、太地町で取材を始めます。

 紀伊半島の南端から20キロほどの北東に位置する太地町は、人口約3000人の小さな町です。17世紀に日本で捕鯨がビジネスとして成立するようになってから、ほとんどの住民が何かしらの形で捕鯨に関わって生計を立てており、「クジラの町」として栄えてきました。「こんな小さな町が、日本の捕鯨の砦となって国際社会からの非難の矢面に立たされていることが、理不尽であり、不公平に思えた。捕鯨基地のある町や、イルカを捕って食べる習慣がある地域は、太地以外にも日本国内外にある。それなのに、なぜ太地だけが狙われるのだろうか」(本書より)

 町の人々と会い、話を聞く中で、佐々木氏は「違う価値観や文化、歴史を持つ人間たちが、地球の限られた資源をどう共有し、共存していくのか。映画はそこまで問いかけなければならない」と考えるようになります。
 
 捕鯨に賛成するおおかたの日本人は、イルカやクジラの漁は日本の文化と伝統であると説明します。しかし著者の考えは違います。「捕鯨は食糧確保のためだけの行為ではない。昔の太地のように、町全体を巻き込んで行われたもので、そこで培われたのはアイデンティティであり、誇りだ。欧米人が理解していないのは、捕鯨を中止して失われるのは、食べ物ではなく伝統でもなく、まさに人間に一番大切な『生きる力』だということではないか」(本書より)

 2016年10月、韓国の釜山国際映画祭に招待された「おクジラさま ふたつの正義の物語」の世界初公開には、太地町の町長や漁協の組合長が駆け付け、観客の前で堂々と思いを伝えたそうです。

 この映画の撮影を通じて、「正義の反対は悪ではなく、別の正義」であることを学んだと佐々木氏は述べ、最後にこうまとめています。「『嫌い』を排除しようとすると社会は息苦しくなり、いびつになり、諍いが起きて最後は戦争になる。(中略)『理解』までできなくていい。『嫌い』のままでいい。人は皆違って当たり前で、どちらが良いとか正しいとか、優劣をつける必要もない」

  "ダイバーシティ"が声高に語られる今日、本書をきっかけに、自分とは違う人々を受け入れることの難しさ、大切さを考えてみてはどうでしょう。ちなみに、映画「おクジラさま ふたつの正義の物語」は、この秋全国15か所の映画館で公開されています。

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