美輪明宏の「美少年伝説」 三島由紀夫が思わず吐いた言葉とは?

美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか
『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか』
佐藤剛
文藝春秋
2,376円(税込)
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 2012年と2015年の「NHK紅白歌合戦」で放送禁止歌とされた『ヨイトマケの唄』を歌い、お茶の間に衝撃と称賛をもたらした圧倒的な歌唱力と存在感。そして、あの戦後を代表する作家・三島由紀夫に「天上界の美」とまで言わしめた人物――。

 その人こそ、佐藤剛氏による本書『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」天才たちはいかにして出会ったのか』で語られるシャンソン歌手の美輪明宏さん。"稀代の表現者"として今なお第一線で活躍しており、その存在感は薄れることを知りません。そんな美輪さんに多くの著名人たちが惚れ込でんきたのもまた事実です。

 同書では、音楽プロデューサーの佐藤氏が、貴重な資料や証言をもとに、江戸川乱歩、三島由紀夫、中村八大、寺山修司といった天才たちと美輪さんの出会いにまつわるエピソードをはじめ、美輪さんがその才能を開花させる道程が描かれています。美輪さんの原点ともいうべき少年時代にも、すでに今日の片鱗が伺えます。

 例えば、江戸川乱歩と美輪さんが出会ったのは、美輪さんがシャンソン歌手を夢見て上京し、まだ「丸山臣吾」の本名で歌い始めた16歳の頃。同性愛者が集まる銀座の喫茶店「ブランスウィック」でした。

 ブランスウィックは、同性愛者であることを隠す各界の著名人や官僚などが集まり、噂を聞きつけた文化人などもこぞって集まる場としても知られていた場所。その客の一人だった江戸川乱歩は、臣吾少年の容姿を大正ロマンの画家・高畠華宵を引き合いに出して、会うたびに「キミはどう見ても、華宵描くところの美少年だね」と褒め、加えて、会話の節々に感じる「頭の回転が速くて物おじしない」態度も大変気に入り、臣吾少年をひいきしたといいます。

 江戸川と出会った後、同じ店で「天才作家」として名を馳せていた26歳の三島由紀夫と出会いを果たします。後に10年以上の交友関係となり、三島は「天上界の美」というキャッチフレーズで美輪さんの後押しをはじめ、レコードデビューの間接的なサポートなどその尽力は計り知れなかったと言われています。美輪さんは後に『週刊ポスト』の取材で当時をこう振り返っています。

 「私はといえば、世界一の美少年だと自負していたころだし、少年ならで誰でももつ不遜さのかたまりで、劣等感など爪の垢ほどもなかったから、随分と無礼な態度をとったんでしょうね。それに偉い人への反発もあったし、先生がまるで珍しいものでも観察するような眼をされたことに、ひどく反抗したことを記録しているわ。」(本書より)

 そんな臣吾少年に三島は、「こんなナルシストは見たことがないね。たまげたもんだ。世の中の人間の目をすべて鏡だと思っている。これはほんもののナルシストだよ」と話していたといいます。出会った当初はお互い牽制し合い、少し突き放した感じだったようです。

 しかし、三島は臣吾少年の歌を聴き、彼を見る目がまったく変わったというのです。

 「まだ自信がなくて戸惑いながら『僕の歌、どうでしたか?』と尋ねた少年に、三島由紀夫は真剣な表情で、『君は大物になる』と表現者として認める発言をした。その言葉を希望の灯として、少年は不遇な時代を生き抜いた。」(本書より)

 そして、江戸川と三島の出会いから17年後、「丸山明宏」の芸名となった臣吾少年は、原作・江戸川乱歩、戯曲・三島由紀夫による演劇「黒蜥蜴」で、主人公を演じることになります。著者の佐藤氏はこう綴っています。

 「運命の糸はこのようにして人と人との出会いや、不思議な巡り合わせを用意し、才能と才能を結びつけていく。偶然の出会いを必然に変える。それはほんとうの表現者、あるいは天才だけが持っている力なのかもしれない。」(本書より。)

 本書の刊行を記念したイベントも7月26日(水)に本屋B&Bで開催を予定。"表現者"美輪明宏の伝説に花を添えます。昭和の芸能誌と音楽史についてもふんだんに盛り込まれている本書。当時を知る人は懐かしさ、知らない人には新鮮な感想を抱かせる一冊といえそうです。

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