気鋭のライター・小山田裕哉が語る高級ブランドに学ぶSNS時代の販売戦略とは

売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密
『売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密』
小山田 裕哉
集英社
1,836円(税込)
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 去る1月11日。今年もロンドンで、英国のラグジュアリーブランド「バーバリー」が最新のメンズコレクションを発表しました。その様子はオフィシャルサイトやSNSで、リアルタイムで配信され、かつランウェイに登場したアイテムは期間限定でオンライン購入が可能となったのだそうです。

 実はラグジュアリーブランドのランウェイを、誰もがインターネットを通して気軽に見ることができるようになったのはここ5年ほどのことで、2010年以降、ラグジュアリーブランドの販売戦略は大きく変化しているといいます。

 編集者・ライターの小山田裕哉さんは初の自著となる『売らずに売る技術 高級ブランドに学ぶ安売りせずに売る秘密』(集英社)で、この5年で急激な変化を遂げるラグジュアリーブランドについて独自に取材。同書では数々の実例をもとに、ラグジュアリーブランドの新たな販売戦略、プロモーション活動の背景に迫ります。

 今回は、そんな小山田さんに、お話を伺いました。

*  *  *

――まず、同書の序章には「スマートフォンとソーシャルメディアの組み合わせは最悪だ」というタイトルが冠されています。これは一体どういう意味なのでしょうか?

 ここ数年の間にラグジュアリーブランドのプロモーション活動が変わってきている、というよりも"変えざるを得なくなった"という背景には、スマートフォンの出現とソーシャルメディアの普及が起因していると考えています。以前は、ほとんどすべてのモノはマスメディアを使ったマス広告によって消費者にアプローチをしてきました。しかし、スマートフォンとソーシャルメディアが誕生したことで、消費者は自分で情報を比べてものを買うようになりましたよね。

――値段だけでなく口コミを参考にして買い物をするのが当たり前になりました。

 例えば家電が最たる例です。実際にパソコンが欲しいと思った時、家電量販店に行って実物を見てみて、手元のスマートフォンで商品名を検索すれば、最安値を探したり、実際に使っている人のレビューを読んで買う・買わないの判断ができます。つまり今や消費者が商品を買う際に参考にしているのは企業の"うたい文句"ではなく、一般人の"レビュー(声)"なんです。こうした状況の中で、ラグジュアリーブランドでさえもそのプロモーションを変えざるをえなかった。この本の発端は、そんなところから始まっているんです。

――口コミが重視されるのは家電の世界だけでなく、ラグジュアリーブランドも同じであると。

 はい。そもそも、少し前までラグジュアリーブランドというものは、「一部の限られた人向け」「単純に値段が高くて買えない」といった、"ちょっと手が出しにくい"という高級なイメージで、世の中の人々からブランドとして認められてきた節があります。ところが、先述の通りスマートフォンやソーシャルメディアの登場で、企業が先導する形での消費者へのアプローチは効果が出にくくなっています。つまり、このままではラグジュアリーブランドがラグジュアリーとして認められるためには、「これはいいものだよね」「これはこれだけの値段を払うに値するものだよね」という合意が世の中になければ、そもそも成立しないことになってしまう。

 その事実にラグジュアリーブランドが気づき、動き出したのが2010年ごろのことになります。2010年は、TIME誌の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の顔)」にフェイスブック創設者のマーク・ザッカーバーグ氏が選ばれるなど、スマートフォンとソーシャルメディアが急激に世界中に普及した年。ラグジュアリーブランドは企業のイメージを非常に大切にしてきた業界ですから、ちょうどそのころにラグジュアリーブランド自身も「何かが変わってしまう」という危機感があったのでしょう。

――とは言っても、ラグジュアリーブランドといえば独自の世界観が既に構築されていて、口コミや世の中の評価に左右されないイメージもあります。

 一見そのように見えますが、実際はそうなっていません。実は、ソーシャルメディアには物の買い方ともうひとつ、影響を与えたものがあります。消費者の価値観そのものです。ソーシャルメディアの普及によって、私たちは自分自身のパーソナリティがすべてネット上に情報として置かれるようになりました。つまり、その人物のあらゆることが可視化されるようになった。以前までは一流企業に勤めていたり、立派な仕事をしていると、その人の社会的評価は無条件で高かった。しかし、ネット上での態度が不遜だったり、それこそ暴言を吐いたりしていれば、普段、どんなに立派に思われていても、「この人、本当はどんな人なのだろう?」「これが真実の姿では?」と疑いの目を向けられてしまうようになりました。こういった目線は、個人だけでなく対企業にも向けられており、ラグジュアリーブランドも例外ではなくなってきているのです。

――と言いますと?

 例えば、以前は20万円の革のバッグがあるとすれば、その値段を見ただけで誰もが「これはいいバッグだ」と認めたでしょう。しかし世の中全体に「本当はどうなの?」という目線が生まれてしまうと、消費者は「本当に値段相当の価値があるのか?」と疑うようになります。そういう状況下で、どれだけ企業が「当社は良い物を作り続けています」と言っても、消費者にそのポリシーや熱意は伝わらないのです。

――御著を拝見したところ、メルセデス・ベンツやバーバリーといった名だたるラグジュアリーブランドの実例が掲載されているようですが、確かに彼らは単に自分たちのモノづくりを世の中に見せているというわけではなさそうですね。

 はい。本の中に、リーマンショック後に人々の価値観が変化していることを示したデータを紹介しているのですが、それによると「安い」や「お得だ」、「流行している」ということを評価する人はどんどん減っている一方で、人々は「本物の」「信頼が置ける」「親しみが持てる」といったことを重要視しはじめていると示しています。日本でも最近「本物志向」という言葉をしばしば使うようになりましたが、つまるところ消費者は、本物は本物でも"信頼ができて親しみが持てる"本物を求めていることになります。

――では、企業はどのような形で情報発信をする必要があるのでしょうか?

 まずは消費者から信頼をしてもらうために、客観的な手段を用いて自分たちのモノづくりを証明しなければなりません。例えばメルセデスAMGでは、これまで明かされていなかったエンジンづくりの行程を動画に撮って全世界に公開しています。そしてもうひとつ、親しみを持ってもらうためには、ごく限られたチャネルだけに情報を出すのではなく、誰もがアクセスできる場所に情報を流す必要があります。だからこそ、企業の側からソーシャルメディアの舞台に出て行って、お客さんと同じ目線でコミュニケーションしないといけないのです。

――お話をお聞きしていると、それはラグジュアリーブランドに限ったことではなく、どんなブランドにも通ずる話のように思えてきました。

 まさに、そうなんです。世の中の人に"良い物"と認めてもらわなければ売れない商品は、高級品だけに限りません。ただ、ラグジュアリーブランド自体がイメージを大切にしている業界なので、そういうことに敏感なだけ。彼らがやってきたことは他の業界でももちろん通用しますし、学ばなければいけない部分がたくさんある。ですから、この本に登場する施策の数々は今の企業の消費者へのアプローチスタイルや、もっと言ってしまえば、実際に物を買ってもらいたいと思った時に十分に役立つと思いますよ。

<プロフィール>
小山田裕哉(おやまだ・ゆうや)
フリーライター・編集者。週刊誌やカルチャー誌、WEBメディア等、幅広いジャンルで活躍する。自身初の著書となる『売らずに売る技術』は、ハーバード・ビジネスレビューWEB内での連載「ラグジュアリーは変われるか?」を大幅に加筆・再校し執筆したもの。

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