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アノヒトの読書遍歴 倉迫康史さん(後編)

自身の劇団で夏目漱石や三島由紀夫、太宰治など、日本の近代文学を原作にした舞台も手掛けている倉迫さん。近代日本文学との出会いや、面白さについて聞いてみました。

――まず、近代日本文学との出会いは?

「国語の教科書ですね。宮沢賢治にしても「クラムボンはかぷかぷ笑ったよ」とか。でも本が好きだって言っておきながら告白すると、国語の教科書に載っている日本の近代文学ってあまり面白いと思わなかったんですよ。なんか辛気臭い話だな、暗いな、難解だなって。なんでこんなのが面白いのかなっていうのが小学校の時の感想だったんです。でも、大学時代にあらためて文学への理解を深めなきゃと思って、知っている作品から読み出したら面白かったんですね」

――なにかピン! ときた部分があったんですね。

「日本の近代文学の面白さが何か考えたときに自分なりに思ったのは、日本の近代文学って敗北者の文学なんですよね。何に対する敗北かっていうと、それは西洋に対する敗北感。鴎外はドイツに行き、夏目漱石はイギリスに行きっていう...。漱石はロンドンに行った結果あまりにも日本と文化が違うので、精神的に止んでしまうくらいだったんです。そこから帰ってきて小説家になっていく。日本人がもつ西洋に対するコンプレックスみたいなところが、日本の近代文学のスタート地点。ある種の暗さというか、大学生になったことで自分のいままで経験してきた失敗にコンプレックスを感じはじめて、そういう共感から"あ、おもしろいんだ"って思えたんだと思います」

――3月には三島由紀夫の戯曲『わが友ヒットラー』の演出を手掛けた倉迫さん。なんと、三島由紀夫が同作を読み上げた肉声テープが残っているんです!

「台本の読み合わせは、俳優さんが集まってきて自分の役割の本を読むっていう感じなんです。でも昔は本読みっていう時間があって、それは読み合わせじゃなくて書いた作家が全部1人で読むんですよ。それはようするに、"私はこういう意図で書きました"というのがわかりやすいんですよね。それが今もテープに残っているんです」

――倉迫さんもそのテープは聞かれたんですか?

「もちろん聞きました。それで面白いのが、実は出版されている『わが友ヒットラー』と、肉声に残っている『わが友ヒットラー』はちょっと違うんです。一部修正がされていまして、その理由が面白い。ナチスに詳しい中学生がいたんですけど、その中学生が街頭の宣伝で出ていた写真を見て"こんなのはナチスじゃない"と。ナチスをちゃんと再現できていないということを三島に言ったらしくて、そしたら三島がそのアドバイスを聞いたらしんですよ。それで設定や名前の読み方などを、全部変えて出版しているのが今出ている『わが友ヒットラー』なんです」

――数ある作品からなぜ『わが友ヒットラー』の舞台化を?

「大きな理由は、"ポピュリズム"という言葉があるんですけど、この作品はヒットラーが独裁者になる直前までを描いているんですね。この出来事からヒットラーは独裁者になっていくんですけど。わたしたちはヒットラーという男を権力欲に取りつかれた男だとか、たまたま運が良かっただけだとか矮小化して語ってしまうんですけど、彼を矮小化することも英雄視することも間違っていまして...。というのが、選挙に勝っているんですよ。大衆から政党をつくって、それで支持されて政党をとっている。コイツにだったらドイツを任せられると任せた結果、ああなっていったんですね。今回はそういった事実をありのまま伝える必要性があると思ったんです」

幼いときから本が大好きで、その読書体験は演出家としての自分に大きな影響を与えたという倉迫さん。これから読む本が、今後の作品にどのような影響を与えていくのか本当に楽しみです!

《プロフィール》
倉迫康史(くらさここうじ)
1969年生まれ。宮崎県出身。早稲田大学卒業後、演出家を志し、演劇活動を開始。シアターカンパニーOrt-d.d(オルト・ディー・ディー)主宰・演出。にしすがも創造舎アソシエイト・アーティスト。洗足学園音楽大学、桜美林大学講師。2013年、三島由紀夫の戯曲『わが友ヒットラー』で演出を手掛ける。

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