地図の空白が埋められた現在、冒険家が目指すのは「オリジナル」
- 『最後の冒険家 (集英社文庫)』
- 石川 直樹
- 集英社
- 596円(税込)
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「地理的な冒険は既に終わっている」
こう話すのは、熱気球での冒険で数々の記録を樹立した神田道夫さんの軌跡を追った書籍『最後の冒険家』で、開高健ノンフィクション賞を受賞、自身も世界中を旅し、北極点から南極点を人力踏破した石川直樹氏です。未踏の地がほとんどなくなり、地図の空白が埋められた現在、地理的な冒険や探検といった行為は、どんどん不可能になってきているのです。
この問題に対して近代の冒険家たちは、地図上に誰もたどったことがない軌跡を描く、つまり、これまでの人類の歩みを俯瞰して、隙間を見つけ、自分なりの方法で空白を埋めるようにして、冒険を表現するようになりました。
たとえば、登山におけるバリエーション・ルートの発見や、8000メートルの山を無酸素で登ることや、厳冬期にどこそこを横断や、はじめて大陸の最高峰に全部登るといったのもそう。未踏の地がなければ、点と点を結んで誰も行っていないことをすれば良いのです。
そんな近代の冒険家の一人・神田道夫さんは、熱気球で単独太平洋横断を目指しました。太平洋横断自体は世界初ではありませんが、神田さんは自作気球でそれを行うというもので、成功すれば世界初の快挙となります。
今回の遠征には、スポンサーがつくわけでもなく、広告代理店やテレビ局のサポートもありません。そもそも、役場につとめる神田さんはサラリーマンで、気球を生業としているわけではないのです。有給休暇をフルに活用して冒険に出る、究極のアマチュア冒険家なのです。
そのため、ハイテクな装備はなく、誰もが納得する緻密な計算があるわけではありません。ただ、神田さんの頭のなかには必要な情報が整理され、緻密な計算があり、成功の確信はあるのです。
冒険家にとってそれはごく自然なことで、確実に成功するとわかっていることをなぞるだけ、あらかじめ知っていること確かめるだけのことを、彼ら冒険家は追求したりはしません。「オリジナルの追求」こそが、彼らの目指すところ。自作気球で太平洋横断を目指した神田さんは、まさしく真の冒険家でした。
石川氏は、そんな神田さんに「帰ってきてください」といいます。
2008年1月31日、熱気球「スターライト号」に乗り、単独太平洋横断のため栃木県を出発し神田さん。しかし、2月1日に「アメリカ領海に入った...」という報告を最後に連絡が取れなくなりました。アメリカの沿岸警備隊は2週間にわたり捜索を続け、漂流物を見たという情報を得たが、神田さんのものかはわかりませんでした。気球もゴンドラも神田さん自身も発見できず、捜索は2月15日に打ち切られました。つまり、いまも神田さんは行方不明のままなのです。
神田さんの遠征について、成功しても失敗しても詳細な記録として残したいと考えていた石川氏。不屈の精神で駆け抜けた稀有な冒険家の軌跡を追った書籍が、文庫版となって登場しました。