連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

第11回 『関根忠郎の映画惹句術』〜日本でただひとりの映画惹句師・関根さんは、今日も言葉の刃を研ぎ続ける。

関根忠郎の映画惹句術
『関根忠郎の映画惹句術』
関根 忠郎
徳間書店
2,160円(税込)
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☆"殺(と)れい! 殺(と)ったれい!"

 人呼んで「惹句師」。はて、「惹句」とは何ぞや?
今風に言えば、宣伝用のコピーである。故に「惹句師」とは、即ちコピーライターのことを意味する。で、タイトルにある関根さんという人物が何のコピーを書いているかといえば、映画の宣伝用惹句なのである。

 関根忠郎。東映宣伝部に永年在籍し、高倉健主演のやくざ映画から、実録路線、時代劇にアクション映画、人間ドラマにエロ映画(実はこれが一番得意だとご本人は言う)、60〜90年代当時の東映作品の新聞広告に掲載する宣伝用惹句を一手に書き上げ、その独自のタッチが多くのファンを生み出した。中でも関根さんが自身の最高傑作と豪語する『仁義なき戦い』シリーズの新聞広告用の惹句−「殺(と)れい! 殺(と)ったれい! 拳銃が焼きつくまで撃て!」「仁義にツバ吐くやくざの実態!」「エンド・マークが出るのが惜しい!」「'73新路線! 血しぶきあげる〈実録〉シリーズ第1弾」...等は、当時の映画ファンの胸を熱くし、映画のヒットに大きく貢献を果たした。

☆名著「惹句術」。そして...

 その関根さんが、ふたりの映画評論家−山田宏一さん、山根貞男さんのロング・インタヴューに応じて、これまで作ってきた映画惹句の背景や反響などを語った『惹句術 -映画のこころ−』は、東映ファンのみならず多くの映画ファンの心を捕らえた名書で、関根さんの仕事ぶりを世に知らしめただけでなく、そのコピーワークに魅せられたファンの存在が多数いることが明らかになった。

 スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーも伝説の惹句師・関根さんを尊敬するファンのひとりであり、彼が仕掛け、ジブリのフリーペーパー『熱風』に連載した関根さんの文章をまとめたのが、この『関根忠郎の映画惹句術』だ。現在入手困難な『惹句術』が年代別、作品・シリーズ別に関根さんの惹句とそのメイキングを紹介した書籍ならば、今度の『映画惹句術』は関根さん自身の筆で、さらに深く自作を語った「惹句的自叙伝」とも言える。そして、この本には特筆すべき事がある。

☆伝説の惹句師・そのプライドと揺るぎない信念

 私ごとになるが、実はその惹句師・関根さんとは東映時代からお付き合いがあり、現在でもちょくちょく中野界隈で餃子とビールを楽しみながら、四方山話に花を咲かせることも珍しくない。いつもにこやかな関根さんだが、例えば『柳生一族の陰謀』の名惹句「我(わし)につくも、敵に回るも心して決めい!!」を、「柳生−」TVシリーズ化の際、セリフとして柳生但馬守に言わせた(この惹句は関根氏の創作であり、劇中のセリフではない)ことに怒り、プロデューサーに長文の抗議状を書いたエピソードなどは、自身の仕事に対するプライドの高さと、揺るぎない信念を感じさせる。その関根さんが、惹句について常日頃絶対にやらないと断言していることが、ふたつある。ひとつは「他人の書いた惹句を論評すること」。そしてもうひとつは「惹句の作り方を教えないこと」だ。

☆惹句創作の秘密が、初めて明かされた!!

 ところがこの「関根忠郎の映画惹句術」では、後者にあたる「惹句の作り方」が語られている。「どーしたんですか? 大サービスじゃないですか?」と聞くと、「うん、まあ編集の人が書いてくれって言うからさ・・」と、少なからず不本意であったような口ぶりで、ビールをぐいっと空けた。書き手が不本意とすることが書かれている本というのは、読者にとってなかなか面白いものだ(笑)。詳しくは書かないが、この本には関根さんが惹句を作る際、どのような手順を踏むか、どのように思考をめぐらせるかが書かれている。ただしそれは、誰にでも出来ることではない。この本を読めば、明日から映画惹句師としてデヴュー出来るなどと考えないほうが良い。今村昌平監督が1983年カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(グランプリ)を受賞した『楢山節考』の山奥の撮影現場を訪ね、「何しに来た!?」と冷たい言葉を向けるスタッフと寝食を共にし、その仕事ぶりをじっくり見つめること数ヶ月。そこから作品の匂いを感じ取り、その輪郭を理屈ではなく肌で掴んでいく。その結果、作られたのがこの1行。
「土から生(は)えた映画」。
 惹句作りとは、どこまでもインスピレーションと創作力、体力に着想、反射神経、そして映画だけでなく、幅広い教養がなくては出来ない仕事だ。何よりも大切なのは、言葉に対する鋭利な感覚。ひとつの言葉をどう表現すれば、読み手の心に届くのか。そしてその心をえぐることが出来るのか。既に70歳を超えた関根さんだが、最近の『春との旅』『まだ、人間』『あなたへ』などのコピーワークを見る限り、その鋭利さは健在。伝説の惹句師は、読み手の心をえぐるべく未だその感覚を研ぎ続けている。

 『関根忠郎の映画惹句術』には、惹句のことだけでなく、例えば今や名作として名高い『新幹線大爆破』がいかにして企画され、どのように製作されたのか。あるいは『竜二』の金子正次との邂逅や『ボクサー』の惹句を寺山修司に頼んだことなど、あの時代の映画ファン、東映ファンならばわくわくするようなエピソードが満載だ。

☆"この惹句は、映画会社にいた人でなければ作れない!!"

 私ごとついでに、こんなことも書いておこう。
 昨年刊行された、僕の著書『映画宣伝ミラクルワールド』の帯の惹句も、関根さんに依頼したものだ。
「コヤ〈劇場〉を満員にしろ! 他社を蹴落とせ! ヒットのためなら何でもやれ!」
関根さんの惹句が出来上がったとの電話を編集者からもらい、その場でいくつかの候補を読んでもらった。上に上げた惹句を聞いた瞬間、「それだ!! それしかない!! この惹句は、映画会社にいた人でないと作れない惹句だ!!」と叫ぶと編集者も同意見で、即・採用が決定した。そして12月1日に刊行される僕の新作書籍『80年代映画館物語』の帯も、関根さんにお願いした。出版社や編集者が代わっても、僕が書いた映画の本の帯は、すべて関根さんに頼もうと心に決めている。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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