オスカー獲得監督の初作品だけど、俳優としては女性マネージャー状態な珍作『バニシング IN TURBO』
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80年代までの北米のプロレス団体は、「NWA」などの王座管理連盟や選手同士の横の繋がりを持ちつつ、地域密着型(テリトリー制)の活動をしていました。その多くが家族経営で成り立っていたそうで、実際、テリトリー制を崩壊させて世界イチの団体となる「WWE」もまたマクマホン家による家族経営企業です。
このかつてのプロレス団体の有り様と重なるのが、今回のお題『バニシング IN TURBO』(1977)。のちに『ビューティフル・マインド』でアカデミー監督賞を獲るロン・ハワード主演にして初監督&初脚本作品です。
政界入りを狙う父親が決めた婚約者との政略結婚を拒否した娘が、彼氏(ロン)と結婚するため、父の高級車を駆って(婚姻手続きが簡単な)ラスベガスに向け逃避行。父親がラジオを通じ、娘捕獲の懸賞金を懸けると、嫉妬に狂う婚約者も追走開始! 一方の婚約者のママ(金持ち)も息子保護のために新たな懸賞金を懸けたもんだから、金目当ての連中が続々と騒動に参戦!
追跡者たちが道中で車を盗んでは追走を続けるという大混乱の中、果たして愛の逃避行は成功するのか......というドタバタロードムービーでございます。
1976年当時、人気若手俳優ながら監督志望だったロンさんは、新人監督起用に寛容だったロジャー・コーマンの作品に主演。続編製作の話が来るや、無報酬で監督もやらせて欲しい(主演としては報酬有)と直訴。見事コーマン御大の許可が出たという運び。
晴れて監督となったロンさんですが、本作には父ランスが共同脚本、弟クリントが出演者として参加しており、家族で製作に携わっているのです。
ハワード家が映画を創るために、低予算映画界の帝王コーマンのネームバリューと資金、コーマンの製作会社の力を借りた、とも見て取れますが、これ、プロレスでいえば、家族経営の新興団体がNWA王座と選手を派遣して貰い、それを売りに興行を打つ感じです(※)。LAからベガスまでの過酷な長距離ロケハンを自分たちでやったという辺りも、家族経営団体の地道な営業挨拶周りっぽい!
また、かつての北米プロレス界では興行主自身や家族が主力選手というケースが多かったのも特徴。
この点にも本作との共通点があります。ロンさんは主演を務めているし、騒動に参戦する車修理屋コンビの片割れを演じた弟クリントも、要所で観衆をクスリとさせる印象的なジョバーとして色を添えているんですから。
ただし、本作の俳優としてのロンさんは「王者」にあらず。車の運転は終始彼女が担当で、彼自身は騒動を煽るラジオDJ(『デス・レース2000年』のマジキチ実況アナの人!)に文句を言うか、暴走気味の彼女に「もういや!」とヒステリーを起こすなど、主役というよりもうヒロイン。プロレスでいうなら人気選手の女性マネージャー役やないかい!
そんな本作ですが、コーマン映画の掟通りチープなカーアクションと無駄な爆発テンコ盛りな手堅いコメディとなっており(アクションシーンはロンさん撮影ではないらしいけど)、初監督作品にしては意外と楽しめる珍作となっております。
(文/シングウヤスアキ)
※実際には、選手の人気と実力、さらに選手本人や後援者の業界内での政治力の影響から数年間王者が変わらないのがザラだったため、中堅団体はその時の王者を直接派遣して貰っていたようです。