勝負師・井山の真髄

観戦記者だからこそ垣間見ることのできる棋士の側面を綴る人気コラム「観戦記者の独り言」。佐野真さんは、棋聖戦で井山裕太棋聖の振る舞いに感服したそうです。

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第44期棋聖戦七番勝負は、井山裕太棋聖が4勝2敗で河野臨九段を下して、棋聖8連覇を達成しました。
僕は第2局の観戦記を担当したのですが、めったに見ることができない光景があったので、お伝えすることにしましょう。
2日目の昼過ぎ、優勢を築いていた井山さんが、信じられない見損じ──アマ級位者でも読めそうな応手をうっかりしたのです。
ただし井山さんにとって幸運だったのは、それでも軌道修正の道が残されていたことです。当初の予定からは大きく逸脱した進行ではありましたが、それまでのリードがあったため、形勢互角に戻されたにとどまりました。
そしてその後のねじり合いを制し、勝利をものにしたのですから、井山さんの精神力の強さに感じ入らずにはいられません。
しかし僕がそれ以上に感服したのは、見損じをした直後以降の井山さんの振る舞いでした。
実は問題の大ポカは、河野さんが席を立っていた時に着手されたのです。そして数秒後、井山さんは自らの見損じに気付き、激しくボヤき始めました。
しかし、ほどなく河野さんが席に戻ると同時に、そのボヤキがピタリとストップ。なので河野さんは対局中、井山さんが見損じをしているとは露(つゆ)知らず「最強の決め手(軌道修正した進行のこと)で来た」と思っていたそうです。
自分がミスしたことを、相手に悟らせない─井山さんの勝負師としての真髄(しんずい)を目の当たりにした思いです。
■『NHK 囲碁講座』連載「観戦記者の独り言」2020年6月号より

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