観戦記者が見たNHK杯戦 対極の対局

観戦記者の後藤元気さんが将棋界のエピソードを綴る連載「渋谷系日誌」。今回は、NHK杯戦の注目度が高かった2つの対局について語ります。

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■対極の対局

いやはや藤井聡太七段と今泉健司四段の一戦には驚きました。きっと、お茶の間でも手に汗を握って見守った方がたくさんいたことでしょう。
今泉四段は1987年に奨励会に入り、99年に26歳の年齢制限による退会を余儀なくされました。
その後にアマチュア大会で何度も全国優勝を果たし、2007年に作られた奨励会三段編入試験に合格。しかし規定の4期のうちに三段リーグを突破できず、2度目の退会。普通ならここで諦めて……いやここまでプロ棋士を目指して頑張ることができるだけで尋常ではありませんが。
今泉さんはなおも情熱を持ち続けました。大会で実績を積みながらアマチュア代表としてプロ棋戦に参加を続け、13年にプロ編入試験の受験資格(6割5分かつ10勝以上)を得られる成績に到達。試験にも見事に合格し、プロ棋士となったのです。
41歳でのプロ入りは戦後最年長の記録。史上最年少の14歳2か月でプロになった藤井さんとは真逆のプロフィールと言えますね。
個人的に印象に残ったのは、97手目からの▲5八金打〜▲3六金の流れです。攻めに出るか受けに回るか、ギリギリの判断が問われる場面。この手順は攻め駒不足に陥るため相当に選びにくく、厳密には形勢を損ねる要因になったかもしれません。しかし盤面での指し手の善悪や理屈よりも、負けたくないという強い気持ち。何があっても決して諦めなかった男の生きざまが感じられました。
この稿を書いている段階ではまだ届いていませんが、今泉さんには自戦記を書いてもらうことになっています。対局前から「書きたいことはいっぱいあります!」と張り切っていたから、きっと力の入った文章になっているはず。NHK杯戦のページを担当している自分が最初の読者になるわけなので、今からとても楽しみにしています。

■平成の三十年

佐藤康光九段―塚田泰明九段戦は、本戦出場者の中で3番目と4番目の年長者の対決でした。ちなみに1番目は谷川浩司九段で、2番目は井上慶太九段。数十年来の将棋ファンの方は、「いつの間に、そういう時代になっていたのか……」と感慨深いものがあるかもしれません。
対局前の控え室。解説の島朗九段とディレクターが「平成も今年で終わりなんですね」という、少ししみじみとした話を始めました。
平成元年と言えば、島朗竜王と19歳の羽生善治六段(肩書・段位は当時)による第2期竜王戦七番勝負(正確には持将棋を含む8局) が行われた年でした。
そこで初タイトルを獲得した羽生さんが第一人者として延々と勝利を重ね、現在に至ったのがこの三十年。まったく恐ろしい人がいたもんだ。
新しい年号はしばらく発表されませんが、次の時代はどうなるんでしょうか。まだまだ羽生さんが突っ走るのか、それとも藤井聡太七段が覇権を握るのか。もちろん他の強豪棋士や、新たな才能の台頭する展開も十分に考えられます。
将棋界に興味を持ってまだ間もない人も、三十年後には「いつの間に……」なんて目を細めているかも。末永く将棋界を楽しんでいってもらえましたら幸いです。
※以下はテキストでお楽しみ下さい。
■『NHK将棋講座』2018年9月号より

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