数字がもたらしたイギリス最大の冤罪事件...... 現代社会の発展に不可欠な数学の危うさとは

生と死を分ける数学: 人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ
『生と死を分ける数学: 人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ』
Yates,Kit,イェーツ,キット,星, 冨永
草思社
2,400円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> HMV&BOOKS

 現代社会では、生活のあらゆる場面に数学が関わっている。しかし「今まさに数学が関わっている」と実感するシーンは多くないのではないだろうか。今回ご紹介する書籍『生と死を分ける数学:人生の(ほぼ)すべてに数学が関係するわけ』(草思社)では、どのような場面に数学が関わっているのかが具体的に紹介されている。そして、生活に浸透しているからこそ、数学的な誤りがいかに恐ろしいものかも知ることができる。

 根拠に人数やパーセンテージなどの数字が使われていると、それだけでその説明は正しいと思い込んではいないだろうか。広告会社は、数字の使い方を工夫することで商品を良く見せる方法を心得ている。

 一例として、化粧品の広告が紹介されている。7日間商品を使用した顧客がどのように感じたのかを、パーセンテージで表示しているものだ。こうした広告は、雑誌やSNSで目にする機会が多いだろう。80%、90%などの高い数字が記されていると、それだけ商品の高い効果を保証しているように見える。しかし、実際は必ずしも効果を保証しているわけではないという。

「調査の結果を見ると、82%の女性が7日後に肌がなめらかになったという記述に賛成しているが(6から9までの点をつけていた)、『まったく賛成』は30%未満だった。(中略)ロレアル社は、自分たちの調査結果が印象的に見えるように手を加えていたのだ」(同書より)

 広告に使用されている研究や結果に、偽りがあるわけではない。しかし、調査結果に手を加えられている以上、ぱっと見て抱く印象と実際の商品の効果が同じとは限らないのだ。さらにこの調査に参加したのは34人だけで、規模の上でも信頼できる結果とは言い難い。

 数学がもたらす影響が化粧品の広告だけであれば、それほど気にする必要はないと考えるかもしれない。しかし、こうした数字による印象の変化によって、裁判で冤罪が生まれるとしたらどうだろうか。

 サリー・クラークという女性が、2人の幼い子どもを失った事件で有罪判決を受けた。「イギリス最大の誤審」と呼ばれたこの事件では、数学的な問題が4つも起きたという。そのうちの一つが、小児科医ロイ・メドウ教授が提示した「乳幼児突然死症候群で同家庭の子どもが2人亡くなる可能性は極めて低い」というものだ。この結果を元に、サリーは2人の子どもを殺害したと判断されてしまった。

 しかし、メドウ教授が提示した数字は数学的に間違っていたのだ。

「メドウの最初の間違いは、乳幼児突然死症候群の発生が完全に独立な出来事だと仮定したところにある。(中略)
だがこの仮定は、じつはまったくの見当違いだった。喫煙、早産、添い寝など、乳幼児突然死症候群にはさまざまな危険因子があることが知られている。(中略)同じ親から生まれた子どもには共通の遺伝子がたくさんあって、そのため乳幼児突然死症候群のリスクが増すと考えられる。1人の赤ん坊が乳幼児突然死症候群で命を落としたら、その家庭には何か乳幼児突然死症候群の危険因子がある可能性が高い。したがって、同じ家庭でさらに突然死が発生する確率は、全人口に対する突然死の平均的発生率より高くなる」(同書より)

 この誤りから事態は悪化し、サリーの人生を大きく狂わせてしまったのだ。

 残念なことに、こうした数字の誤りによる冤罪は1件だけではない。なかには、3人の女性を強姦したとして有罪判決を受けてしまった男性もいる。身に覚えのない罪で有罪判決を受ける可能性があるとすれば、数学的な誤りがいかに恐ろしいものか想像できるのではないだろうか。

 SNSも数学的な誤りに影響を受けやすい。例えば、X(旧Twitter)のトレンドはアルゴリズムを使って決められている。人間が決めているなら、その人の価値観や好みが反映されるかもしれないが、アルゴリズムが決めているなら正確な情報のように感じられるのではないだろうか。

 しかし、アルゴリズムも間違わないわけではない。

「わたしたちが公明正大とされるアルゴリズムを信用するのは、人間は当然矛盾したもので、ある種の偏りがあると考えているからだ。しかし、たとえコンピュータはあらかじめ決められた規則に従って客観的なやり方でアルゴリズムを実行するにしても、それらの規則は人間が書いたものだ」(同書より)

 数学はあくまで道具であり、人がどう使うかによって善にも悪にもなる。いくら有名企業が提供していても、ユーザー自身が本当に信頼できる情報なのか確認する必要がある、ということを忘れてはならない。

« 前のページ | 次のページ »

BOOK STANDプレミアム