第1回 『吸盤男オクトマン』
- 『吸盤男オクトマン』
原題『OCTOMAN』
1971年製作・米国・90分
監督・脚本/ハリー・エセックス
出演/カーウィン・マシューズ、ピア・アンジェリほか
※VHS廃盤
この作品は、'71年にアメリカのテレビで放映された劇場未公開映画。日本では'80年代のレンタルビデオ普及時に、ソニーや東芝に遅れをとるまいと参戦した船井電機からひっそりと発売されたフナイビデオでのみ鑑賞できた。「吸盤男」というのが、また生臭そうでよい。ビデオ担当者のネーミング・センスに拍手を送りつつ、内容を解説していこう。
放射能で汚染された魚貝類を食糧にしているメキシコ僻地の村で、学者たちが水質調査を行っている。だが、生い茂る水草の影からジーッと彼らを見詰める怪物が......開始5分で早くもオクトマン登場! 役者が手足を通していない残り4本をブラブラさせながら、バランス悪そうにヨタヨタ歩く。デカイ頭部は、後ろから見たら完全に亀頭。まるで凶悪なクレクレタコラ、または河崎実監督作品『いかレスラー』のタコ版だ。環境破壊という崇高なテーマも、誰もが失笑するオクトマンが現れた途端、台無しに!
実はこのオクトマンの着ぐるみは、あのマイケル・ジャクソン『スリラー』のミュージック・ビデオの特殊メイクを手掛け、『スター・ウォーズ』などでアカデミー・メイクアップ賞を7度も受賞した天才メイクアップ・アーティスト、リック・ベイカーのデビュー作。当時、素人の大学生アルバイトだったベイカーは、オクトマンのデザイン画を渡され絶句した。「なんてバカバカしいデザインだ......」。ベイカーは、完成させたオクトマンの出来にもひどく気落ちした(いいんだよ、初めは誰でもそうさ)。しかし、そんなベイカーの失敗作は、彼に恥をかかすかのごとく「これでもか!」と出まくる。観ている方が飽きてしまうほど、何度も調査隊を襲うのだ。得意技は、スイングの効いたロシアンフック、触手によるチョークスリーパー、『必殺仕置人』念仏の鉄(山崎務)ばりの貫手などなど。
また、崖の上から人を投げ落とし、2本の手を上げてガッツポーズ(汗)。画面の下から「ンバアァ~ッ!」と登場する(汗汗)など奇行の数々。この変な演出を付けた監督は、かつて『大アマゾンの半魚人』('54年・米)という、怪物映画史上に残る傑作の脚本を書いたハリー・エセックス。劇中、オクトマンが女性を抱きかかえながら歩くシーンがあるのだが、それは『半魚人』からのインスパイアだ。「過去の栄光ふたたび」と、西欧で「悪魔の魚」と忌み嫌われるタコを使って、自分だけの半魚人を演出してみたかったのだろう。
過去の栄光といえば、主人公のトレス博士を演じたのは、人形によるストップモーション・アニメの名作『シンドバッド七回目の航海』('58年・米)のシンドバッド役などで、洋物特撮ファンにはお馴染みのカーウィン・マシューズ。だが白髪の目立つ40代半ばの彼には、かつて怪物たちに敢然と立ち向かったヒーローの面影はなかった(失礼!)。
そして、その恋人スーザン役には、『傷だらけの栄光』('56年・米)でポール・ニューマンと共演し、カーク・ダグラス、ジェームズ・ディーンと浮名を流した、往年の美人女優ピア・アンジェリ。だが撮影時のアンジェリは38、9(痛い)。しかも出演女性は彼女のみと、この手の作品で女性がアラフォー1名しか出てこない作品は、ほかに見覚えがない。
さて、物語の結末はどうなったのか。男性メンバー4人をKOしたオクトマンは、生殖でもしようというのか、スーザンを抱きかかえ拉致。しかしスーザンは隠し持っていた拳銃で、オクトマンの人間でいう心臓あたりに一発。タコの心臓はそこじゃないぞ......って、効いてる! 苦しみスーザンを放すオクトマン。ここでダメージから回復した男たちが駆け付け、銃でオクトマンをハチの巣に。瀕死のオクトマンは湖中へと消えていく......。
ちなみに、スーザン役のピア・アンジェリは、撮影終了後に謎の死を遂げた。仕事上での低迷を苦に、睡眠薬で自殺したともいわれている。そりゃあ、そうだろう。昔は大スターたちにチヤホヤされていた美人女優が40歳を前にして、映画界の場末でチンポコ頭の吸盤男にお姫様ダッコされていれば、「このタコは何? なんでアタシこんなことしているの?」と、人生にイヤ気がさしたとしても無理はないね。
ここから始まった人(ベイカー)と終わった人達(監督、マシューズ、アンジェリ)が、タコ足のように絡み合ってできた呪われた作品。それが『吸盤男オクトマン』なのだ。