自分らしさをなくさずに──佐藤天彦名人、自らを語る

写真:河井邦彦
昨年度まで本誌にエッセイを連載していた佐藤天彦(さとう・あまひこ)名人。その後、初タイトルとして名人位を獲得。立場も大きく変わり、現在の心境について大いに語ってもらった。

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■趣味や価値観が個性になる

少年時代に通っていた福岡の道場が師匠の実家の2階にありました。当時、師匠は東京に住んでおり、帰省された際に何度か教えていただく機会に恵まれたのです。いちばん身近にいた棋士が中田功七段でした。
師匠は将棋も独特ですし、盤上以外でも美学を大事にされています。せこいことはせずに物事をはっきりと言われる方です。名人になって大山先生(康晴十五世名人)の孫弟子だということが取り上げられるようになりました。師匠の放任主義は大山先生から受け継がれたようです。とはいえ、要所要所で相談に乗ってくださり、いい距離感で見守ってくださいました。伸び伸びとやらせてもらえたので、本当にありがたかったです。
私は自分の将棋をバランス型だと思っていますが、ほかの棋士からは受けの棋風だと言われることが多いです。最近は攻め将棋の棋士が多く、こちらが受けに回る展開を余儀なくされることも少なくありません。必然的にバランス型の棋士は受け身に見られることが多いような気がします。
居飛車本格派と評していただく機会が多いのは大変うれしいのですが、悩みもあります。居飛車は先の先まで定跡が整備されているため、その中で個性を出していくのが実に大変だと感じています。将棋は価値観や人となりが出るゲームです。趣味だったり洋服の好みだったり、日頃の生活面を棋風ににじみ出せれば、それが個性になると考えています。
趣味はクラシック音楽鑑賞です。中学生時代、奨励会のときに福岡から大阪に向かう新幹線の車中で聞いたラジオがきっかけです。偶然流れていたドボルザークの「新世界より」を聞いて、子ども心にいいなと感じました。不思議なもので、小学生時代に両親に「第九」のコンサートに連れて行かれたときは正直退屈でした(苦笑)。それがのちに趣味になるとは夢にも思わなかったです。
初めに好きになった音楽家はモーツァルトです。元気なときも疲れているときもいつでも聞きたくなる作風で、初心者でも楽しめるはずです。音楽も将棋と同じで時代によって移り変わってきましたが、頂点を極めたからこそ250年たった現在でも通じる普遍性があるのでしょう。
私は音楽に限らずヨーロッパの文化に興味を持ちました。服装などもボタン使いや刺繍(ししゅう)、織物といった生地、ギャザーなど、今の目から見ると装飾的でゴテゴテして見えるかもしれません。ですが、私はこういったテイストのものが大好きです。1年前に引っ越しをした際、イタリア製のソファーを注文したのですが、船便で到着まで半年くらいかかりました。でも、そうやって到着を待つのも、また一興です。趣味を日常的に楽しむことでストレスを解消し、将棋へのモチベーションを高めていくのが私のスタイルなのです。
名人と呼ばれることに最近ようやく慣れてきました。盤上だけではなく、日頃の行動なども人に見られますが、自然さを失わないように意識しています。自分らしさをなくしてしまっては、ファンの方にとって面白くなくなってしまうでしょうから。名人という地位に見合った発言や振る舞いを心がけつつも、自然体でいられるようにしたいです。
将棋講座の講師は初めての経験で、充実した時間を過ごさせていただいております。任期が残りわずかとなりましたが、最後までおつきあいのほど、よろしくお願いします。
■『NHK将棋講座』2017年1月号より

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