佐藤天彦八段の王座戦──勝ちたい気持ち募る中盤戦

昨年、第63期王座戦でタイトル初挑戦を果たした佐藤天彦(さとう・あまひこ)八段。前回に引き続き、五番勝負の中盤戦の様子を自身の筆で活写する。

* * *

63期王座戦第3局、中盤戦。羽生王座はともすればただで取られてしまいそうな際どい場所に角を放ってきた。
もしこの角をただで取ることができれば勝利に近づくことができるだろう。しかし、必ずその間に相手は暴れてくる。一旦角を取りにいくと決めたら、取り切るまでの間は相手の猛攻を支えておかなければならない。怖さがないと言えば嘘(うそ)になる。ただ、僕は「怖いからやめる」という考え方は好きではない。盤上における自分の判断を信じて指したい。理想だが、僕は多少難しくても理想を追い求めるタイプだ。今回もその考えのとおりに角を取りにいった。
羽生王座の角打ちから約20手後。ついに僕は角を取り切ることに成功した。これにより、優勢な状態で終盤に突入する。しかし、寄せが思いのほか難しい。「勝っているはずなのに…」ある程度余裕があった持ち時間も残り10分を切った。焦りが出始める。そろそろ決断しなければいけない。
完全に読み切れてはいなかったが、僕は寄せに出た。後から棋譜を見るとこの寄せを含めて綺麗(きれい)な決め方ができていると思うし、一局を通して見てもうまく指せた気がしている。
しかし、角を取るまでの中盤も、よくなってから寄せを決めるまでの終盤も、その過程に怖さや焦り、それに伴う苦しみがあった。そのことを身をもって知っているだけに棋譜を見返すと不思議な気持ちになる。
これでスコアは2勝1敗に。第4局は「仙台ロイヤルパークホテル」で行われた。
もし勝てば3勝1敗となり、タイトル獲得となる。それほどの気持ちの揺れはなかったが、いつもとまったく同じかと言われたらそうではない。対局中「この将棋に勝つことができれば…」と思うことはあった。
序盤から積極的に仕掛けて攻めた。しかしうまく受けられ、その後に現れた中盤の難所を乗り切れず僕は敗れた。
勝敗を分けるもっとも大きな要素は、細かい技術、そしてその積み重ねだと思っている。大一番でもそれは変わらない。
どんなときでも、結局は目の前の一手一手を大切に指していくしかないからだ。
とは言っても、気持ちの部分ももちろん大事なところだ。
一勝リードしたうえでタイトル獲得がかかる対局。このような状況で指したのは今回が初めてで、大きな経験になった。
スコアは2勝2敗に。これまでいろいろな宿に泊まり、おいしい食事もいただき、すばらしい環境で指させてもらった。
最後に勝って結果を出し、喜びを味わいたいし、応援してくれる人の期待に応えたい。
そして、当たり前だが勝てば来年も王座戦に出られる。
純粋に勝ちたいという思い。勝てばこんなことが手に入る、また手に入れられるという俗とも言える気持ち。
でも、盤上に向かえば一手一手を大切に指すのみだ。
第5局は甲府の「常磐ホテル」にて。最後の決戦が始まる。
■『NHK将棋講座』2016年2月号より

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