「生存競争」が進化の原動力

生物の「進化」はなぜ起こるのだろうか。進化生物学者・総合研究大学院大学教授の長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)氏が、ダーウィンの『種の起源』を進化のメカニズムについて読み解く。

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進化の原動力として、ダーウィンは『種の起源』の第三章で「生存競争」について論じています。マルサスが『人口論』で述べたように、生き物は個体数の増加を抑える要因がなければ、その数を増やしていきます。もっともゆっくりとしか繁殖をしない動物の例としてゾウを取りあげてみましょう。ゾウは30歳から繁殖を始め、90歳まで繁殖を続け、その間に6頭の子しか残さないとしましょう。それでも、750年ほどたてば、ひと組の親から生まれた子孫の数は1900万頭にも達します。しかし、実際にはそこまでの数には上りません。なぜなら、同種・他種の個体間、生息する物理的な環境との間で、絶えず生存を巡る競争があるためです。ダーウィンは、こうした生存競争が生物の進化の原動力になっていると考えました。
種の個体数が増えていくと、やがては食物をめぐる競争が始まります。競争に勝ち残るのは、他の個体よりも生存に有利な能力や形態を持った個体です。キリンの例で言えば、少しでも首が長いほうが食物をめぐる競争に有利に働きます。そして、有利な形質が子孫に継承されることで進化が起こります。仮に低い位置にも豊富に食物があったならば、首の短いキリンが変化する必要はありません。他の個体よりも首の長いキリンが生まれたとしても、その性質を持つことがとくに有利でも何でもないので、その変異を持つ個体が集団中に増えていくことはなく、いずれは消えていくことでしょう。ひとことで言えば、「競争のない場所には進化は起こらない」というのがダーウィンの考え方なのです。
ここで注意していただきたいのが「競争」という言葉です。一般に競争とは、個体同士が戦って何かを奪い合い、強いものが生き残る「弱肉強食」の世界ととらえられがちです。しかし、ダーウィンの言う「生存競争」とは、個体同士が体をぶつけ合うそれだけを意味しません。彼は、この言葉を比喩として用いており、生物同士の依存関係や、個体そして子孫の存続まで含めて「競争」としているのです。ライオンがシマウマを捕まえようとし、シマウマはライオンから逃げようとしていると言うと、ライオンとシマウマが競争しているように見えますが、実は、ライオンはライオン同士の間で、よりよく獲物を捕まえる競争をしているのであり、シマウマはシマウマ同士の間で、よりよく逃げられる競争をしているのです。また、砂漠に生えている植物同士は、一見、何も競争していないように見えますが、それらの植物同士の間で、より乾燥に強いものが残るという競争をしているのです。
ダーウィンは、ありとあらゆる環境に競争が存在すると考えました。植物は、効率よく水を吸収できる株とできない株では、前者のほうが生き残る可能性が高くなります。飛び方の上手なスズメとうまく飛べないスズメは、お互いが戦うわけではありませんが、前者のほうが高い確率で生き残っていくでしょう。このような見方をすると、食うか食われるかといった直接的な争いだけが生存競争ではないことがおわかりいただけると思います。
■『NHK100分de名著 ダーウィン 種の起源』より

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