神話とギリシア悲劇からみる「父殺し」の普遍性

現在のアテネのアクロポリスにそびえるパルテノン神殿
「神話には、小説であれ映画であれ、繰り返し物語として変奏されることになるテーマの元型をみることができます」と語るのは、作家・法政大学教授の島田雅彦(しまだ・まさひこ)氏。『オイディプス王』に代表されるギリシア悲劇は、神話を踏襲しているため、暴力、性愛、親子関係がテーマとして頻出する。『オイディプス王』の物語の柱となる「父殺し」というテーマについて、島田氏が解説する。

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フロイトによると、男児は最初の異性である母を手に入れたいと望む。しかし母親をいくら愛したとしてもそれは父親の女であるから、母親との恋はあきらめなければならない。もしそれをあきらめきれずに母親との恋を貫徹するのであれば、邪魔者になる父を排除したいと考えるようになる──。これがいわゆる「父殺し」で、フロイトはその心的構造を「オイディプス(エディプス)・コンプレックス」と名付けました。
古代では、高貴な家であればあるほど、子供の役割とは跡継ぎ、王位を継承させる存在です。しかし、なんの問題もなく平和的に子に王位を継承させることができた王は、幸運といわざるをえません。父王に妾(めかけ)とその子がいれば、そこに骨肉の争いが起きるのも必然です。
アレクサンドロス大王の場合、父王ピリッポス二世が寵愛する第七夫人に子どもがおり、ピリッポス二世がアレクサンドロスの母親である第四夫人より第七夫人を愛していたこともあって、自分が本当に王位を継承できるかどうか、不安にさいなまれた時期がありました。たまたまピリッポス二世が側近に暗殺され、まだ幼かった弟がそのとき王位に就くことはなかった。そこでチャンスとばかりに、20歳そこそこのアレクサンドロスは幼い弟を亡き者にして、実力で王位を獲得したのです。つまり王位とは、かなり厳しい試練を与えられたのちに、父親から継承されるものでした。
この文脈に照らしても、「父殺し」とは、ひとつの権威に対する革命、あるいは体制の破壊です。神話においてそれは、万物の創造主たる神に対する反逆とイコールになるでしょう。どの国の法律でも、国家反逆罪、国家転覆(てんぷく)罪は大罪です。革命は成功すればいいですが、失敗すれば自分の命はありません。ですから、神々によってつくられたタブーを破る者、たとえば火を盗み出したプロメテウスには、途方もない罰が与えられます。
オイディプスは当初、父殺しの予言を受け、それを避ける選択をします。コリントスの故郷を捨てたのもそのためです。神殿の前の三叉路で道を譲る、譲らないという一件で、勢いで殺してしまった相手が本当の父親だなどとは思っていませんし、殺されたライオスにしても、それが、自分が運命を避けるべく捨てさせた息子だとは思いもよらなかったでしょう。しかし当事者同士は知らなかったとはいえ、「子が父を殺す」という神の呪いどおりに事は運んでしまったのです。
いまの私たちに「父殺し」というテーマですぐに連想されるのは、映画『スター・ウォーズ』シリーズでしょうか。ジェダイの戦士であるルーク・スカイウォーカーは、ダース・ベイダー率いる帝国軍と戦うことになりますが、このダース・ベイダーこそが、ルークの実の父親アナキン・スカイウォーカーでした。ダース・ベイダー自身、かつてはジェダイの騎士でしたが、愛する女性への愛を優先するために、ヨーダがいうところの「ダークサイド」(暗黒面)に落ちてしまいます。ジェダイの騎士でありながら、師オビ=ワン・ケノービと対決して敗れ、全身をサイボーグ化して銀河共和国の敵である帝国側の将軍になる。つまり、息子にとってみれば、父こそが裏切り者であり、目の前に立ちはだかる大きな敵です。
その父と何度か対決の機会があり、最後の最後にルーク・スカイウォーカーはダークサイドに落ちる危機を克服して、真の英雄である証明をおこない、ダース・ベイダーに勝ちます。『スター・ウォーズ』において、息子のおかげで善の心を取り戻した父は絶体絶命の息子を助けて皇帝を殺し、みずからも死にます。息子が父を乗り越える、という形の典型的な関係です。
■『NHK100分de名著 ソポクレス オイディプス王』より

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