「暮らしを知っている建築家でいたい」 中村好文さんの台所

「こっちにも出入り口があるから、奥で詰まって渋滞することがないんですよ」とうれしそうに姿を現す中村さん。奥の扉は収納庫で、食材だけでなく事務用品などのストックも収納している。撮影:寺澤太郎
事務所でランチをつくってスタッフと一緒に食べることを長年続けている、建築家の中村好文(なかむら・よしふみ)さん。現在の事務所が入っている物件にはもともとガスも通っていませんでしたが、台所を一からつくり、毎日手づくりのランチを楽しんでいます。中村さんこだわりの台所にお邪魔しました。

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中村好文さんの事務所では、鳩時計がポッポッと鳴いて12時を知らせると、布の袋が登場します。中に入っているのは木製のくじ。お昼ごはんの作業分担をするため、ひとりずつ袋へ手を差し込んでくじ引きをします。買い物、調理、食後のお茶、後片づけとそれぞれの担当が決まったら、お昼の時間。それまでパソコンや資料をめくる音だけだった静かな事務所に、トントンと野菜を切る音や冷蔵庫を開け閉めする音が加わります。
中村さんが建築家として独立し、自身の事務所を構えたのは38年前。「うれしかったのは、自分でお昼ごはんをつくれる!ということでした」と話します。今の事務所は4軒目になりますが、どこでも台所は使いやすく改装してきたそう。「スタッフと分担して楽しく料理して食べるにはどうしたらいいか考えて、くじをつくったんです。自分たちでつくればおいしいし、1つの鍋をつつく楽しさみたいなものがあるでしょう? 今日は寒いので釜あげうどんにします」
中村さんが住宅を設計するうえで大切にしているのは、暮らしやすさ。ストレスなく移動できる動線だったり、出し入れしやすい収納だったり、気持ちよく感じられる景色の取り入れ方だったり。それを感じるには、設計者自身も暮らしを大切にしなければいけないと考えているのです。「手間をかけなくてもいいんです、簡単なもので。料理すれば、台所の使い勝手を実感できます。そもそも食には、人の生活のセンスが詰まっていると思うんです。買い物に行けば、並んでいる野菜で季節を感じられるし、料理すれば、台所や道具について知ることができるし、食べるとなると器やしつらえについても考えるし。住宅を設計する人間は、そういう感覚を失ってはいけないと思っているんです」。そう話しながら、中村さんは手際よく細ねぎを刻み、大根をすりおろしていきます。
料理が進んでいくうちに気がつくのは、コンパクトな台所ながら、誰もが使いやすい工夫がされているということ。例えば、回遊できるつくりなので、大人数が出入りしても動線がスムーズです。さらに、収納部分のほとんどが引き戸。「開き扉にすると、開く分だけのスペースを確保しなければいけないし、開けたときに邪魔になるでしょう?」と話しながら、サッと開けてくれた棚には、丼やお椀(わん)などの食器類がぴったり収まっています。サイズに合わせてしつらえたからこその美しさ。さらには、シンクにぴったり合うサイズのまな板を縦に渡していたり、ガス台周りに調理道具をつるしたり、引き出しを開ければスパイスが見渡せるようになっていたり。次から次へと登場する工夫に驚いているうちに、うどんが完成しました。
「ごますり、取って」「春菊おいしいですね」「この揚げってこの前と同じもの?」「麺、もうちょっとゆでます?」と楽しげなお昼ごはんの様子に、中村さんが「ちょっとしたホームドラマみたいでしょ」と笑います。台所があるからこそ生まれるお昼の時間。工夫が詰まった小さな場所が果たす役目は大きいのです。
※こちらで紹介できなかった収納の工夫などはテキストに掲載しています。
■『NHK 趣味どきっ! 人と暮らしと、台所 』より

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