性転換をビジネスチャンスに... 「日本人性転師」たちから見えてくる日本の現状とは
- 『性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』
- 伊藤 元輝
- 柏書房
- 1,760円(税込)
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人の「性」はデリケートな領域。近年はLGBTについてさまざまなメディアで取り上げられており、性の多様性を議論する活動も目立つ。それだけ性的少数者が置かれている現状は厳しく、先進国・日本も決して「理解が進んでいる」とは言い難い状況だろう。
そこで今回注目したいのが、伊藤元輝氏の著書『性転師 「性転換ビジネス」に従事する日本人たち』(柏書房)。性同一性障害の当事者にタイ・バンコクでの手術を斡旋・仲介する業者の存在に注目し、「性転換ビジネスの陰の実力者」であるアテンド業の実態に迫った1冊だ。
「性転師」という名称は、誰にとっても聞き慣れない言葉だろう。名づけ親は伊藤氏本人であり、彼が取材したアテンド業を営む坂田洋介氏の影響も大きい。スキンヘッドに口ひげ姿の坂田氏について、伊藤氏は「あやしげな雰囲気」と表現。「~師」とつく職業(詐欺師や地面師など)が持つ「グレーな要素」と妙にぴったりとハマるという考えから、坂田氏に承諾を得た上で命名されている。そんな性転師に迫った同書について、坂田氏は以下のように綴った。
「性同一性障害を抱えた人々を取り巻く環境はこの20年で劇的に変わった。激動の時代だったと表現しても差し支えないだろう。年齢が10才違えば当事者間でもその境遇や考え方に大きな差がある。そして現在進行形で、新しい問題も生まれている。
本書でその一端を垣間見ることができると思う。そしてそれが性同一性障害や性別適合手術を偏見やイメージではなく、その実情を知る助けになればうれしい」(本書より)
伊藤氏は坂田氏を「あやしげな雰囲気」としつつ、その人物像を高く評価している。物腰が柔らかくしゃべり方も丁寧だが、低い声でピリッとした緊張感も醸し出す坂田氏。ここで彼が性転換ビジネスと真摯に向き合う様子が垣間見える、伊藤氏に向けた「取材の条件」を紹介したい。
「ちゃんと真面目に取り上げてくれるなら、協力しますよ。面白おかしく、キワモノのように扱うのはダメです。(中略)うちに来るお客さん、普通の人ですよ。『オネエ』キャラは僕に言わせたら、やらされているだけ。テレビに出る時にはそうしてくれと、演じてくれと言われるからやっているんだと思いますよ」(本書より)
伊藤氏の取材は、坂田氏の会社と提携した旅行会社所属のタイ人女性、ミドリさんにも及んだ。彼女は客の送迎や見舞いなどのケア、通訳などアテンド業の仕事にやりがいを感じ、天職だと語る。そんな彼女の思いとは裏腹に、精神的に不安定になった客から八つ当たりされることも多いそうだ。伊藤氏は性同一性障害を抱える当事者への理解があるミドリさんの働きぶりを評価しながらも、率直な意見を記していた。
「精神的に不安定になることもある当事者を、医療系の資格などは持たないアテンド業者のスタッフが中心となってケアすることについて、その危うさは指摘せざるを得ない。ミドリさんは優秀だが、それで済ませてよいのだろうか」(本書より)
「第二世代の性転師」と題した第3章では、坂田氏とは別のアテンダント会社にアプローチ。運営者の船橋篤司氏が取材に応じている。女性として生まれた船橋氏のエピソードで印象的なのが、かつて外科医との間で交わされた性別適合手術に関する会話の内容だ。
船橋氏はタイよりも日本で手術を受けるべきと考えていたが、医師からはタイ行きを勧められることに。当時の性別適合手術について、医師は「タイの先生が大学生レベル」だとすれば日本の手術は「小学生レベル」と表現。その言葉からも、いかに日本の技術が遅れていたかが窺い知れる。
そもそも日本では、性転換にネガティブなイメージが先行する時代があった。1960年代に男性医師が睾丸摘出手術を実施したものの、手術前の手続きが不十分だったため、裁判で「正当な医療行為として容認できない」と判断されてしまったのだ。その結果、報道によって「性転換=違法行為」のイメージが拡散したという。
「医療界もこのイメージを受け入れてしまい、性別適合手術はアンダーグラウンドなものになっていく。この後、埼玉医大が手術をおこなうまでの約30年間、国内での性別適合手術にはイリーガルな印象がつきまとった」(本書より)
現状ではLGBTを取り巻く環境が完全には整っていない日本。だからこそ、性転師と呼ばれるアテンド業がビジネスとして成り立っているのだろう。多様性の受け入れが求められる時代において、「性」についての考えや価値観がどのように変化していくのか見守りたい。