数多くの凶悪事件を取材してきた著者がつづる、連続殺人犯10人の肉声
- 『連続殺人犯 (文春文庫)』
- 一光, 小野
- 文藝春秋
- 907円(税込)
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ふだん仕事をしたり日常生活を送ったりしている中で、皆さんも一度や二度は自分の常識や道徳がまったく通じない相手と出会ったことがあるかと思います。同じ人間なのに、まるで宇宙人と話しているかのような心の通じなさには驚き、恐れや怒りを感じ、ときには虚無感すら感じることも......。
今回ご紹介する『連続殺人犯』は、数多くの殺人事件を取材してきた著者・小野一光さんが、拘置所の面会室で、現場で、震撼させられた連続殺人犯10人の声を綴ったという一冊。本書を読むと、ここに登場する人物たちに対しても同じような感覚を味わうことになるかもしれません。
なぜなら、誰しも一瞬の激情にかられて人を殺してしまう可能性はあるけれど、何度も、何人も殺害するという行為は生命を軽視していないとできないことであり、普通の人にとっては理解の範疇を超えるものだからです。小野さんは本書で、連続殺人は「ある種の条件が揃った人だけ」ができることだといい、彼らのことを「悪に選り分けられた者たち」という言葉で表しています。
本書で取り上げているのは、北村孝紘、松永太、畠山鈴香、角田美代子、筧千佐子といった連続殺人犯たち。今も人々の記憶に残る世間を震撼させた人物ばかりですが、全員ではないにしろ著者が実際に彼らに会い、会話をしているというのが、本書が他のルポと比べて稀有な点です。
たとえば、文庫版になるにあたってあらたに加筆されたのが近畿連続青酸死事件の筧千佐子の章ですが、彼女は見た目はごく普通のおばちゃん。小野さんは彼女の中にどんな殺意が眠っているのかが気にかかり面会を重ねますが、彼女との対話の多くが"暖簾に腕押し"で終わります。都合のよい質問には機嫌よく答え、ときには真実や本心の混じった言葉も漏らす。けれど、自分の不利な材料であると気づけば、記憶の減退を口にしたり平気で嘘をついたりして逃れる。その繰り返しの末に、22回目の面会で小野さんは拒絶される結果に。これは読んでいるほうにとっても何とも言えないもどかしさや不快感を感じさせられます。
ほかにも、人間の感情がないかのような者や、明るく晴れやかな表情で自身の無実を訴える者、捕まった後に自身の命を絶ってしまった者なども出てきます。もし、彼らがよんどころない事情や被害者に対する罪の意識などを少しでも語っているのなら、読者としては少しのカタルシスや安堵感を得ることができたかもしれません。しかし、どう考えても理解や共感を示せないケースが多すぎて途方に暮れてしまいます。
では同じような無力感を感じつつも、著者はなぜ連続殺人犯への取材をやめないのか。それは「次はどんな理解不能なことに出会うのだろうかという、人間の多様性への興味」があるからだといいます。皆さんの中にも同様に、自分の常識を超えた人間におののきつつもその一断面を見たい、知りたいという人がいるなら、きっと本書を興味深く感じられるのではないでしょうか。
最後に、陰惨な事件やモンスターのような殺人犯が登場する本書ですが、読後はけっして暗たんとするばかりではありません。それは、著者が遺族など被害者側にも可能なかぎり取材をしており、彼らへの配慮あるまなざしが感じられる点。そして一部ではありますが、出てくる人物の中にも犯行後に悔恨の情を持ちながら粛々と日々を過ごしている者がいること。これは本書における一縷の希望といってもよいかもしれません。