「本屋大賞2017」候補作紹介】『夜行』――謎の女と銅版画「夜行」を巡る物語

夜行
『夜行』
森見 登美彦
小学館
1,512円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2017」ノミネート全10作の紹介。今回、10作目として取り上げるのは森見登美彦著『夜行』です。

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 本書は学生時代の仲間と久しぶりの再会を果たした面々が、「夜行」というタイトルの銅版画を通して、過去に忽然と姿を消した仲間の謎へと次第に結びついていく物語。一見してミステリーともとれる話が綴られますが、実のところ、ホラーともファンタジーともとれる不思議な作品です。

 当時、京都の英会話スクールに通っていた年齢の異なる中井さん、武田くん、藤村さん、田辺さん、大橋くんの男女5人が、奇祭「鞍馬の火祭り」を見物するために集まるところから物語は始まります。

 再会のきっかけとなった「鞍馬の火祭り」は奇しくも、10年前にメンバーとともに見物した長谷川さんという女性が行方不明になった因縁の祭りでした。そして、大橋くんは集合場所への道すがら、長谷川さんらしき人物を目撃してしまうのです。

 「その姿には超然とした雰囲気があった。背筋がまっすぐに伸びて、黒髪が秋の陽射しに光っている。いつの日か、どこか遠い街で、その後ろ姿を見たような気がする。(中略)チラリと見えた横顔は長谷川さんにそっくりだった。」(本書より)

 大橋くんは彼女に導かれるように一軒の画廊に入ると、岸田道生という画家が制作した48作あるといわれる連作の銅版画「夜行」に出会います。

 「天鵞絨(ビロード)のような黒の背景に白い濃淡だけで描きだされた風景は、永遠に続く夜を思わせた。いずれの作品にもひとりの女性が描かれている。目も口もなく、滑らかな白いマネキンのような顔を傾けている女性たち。」(本書より)

 仲間と合流した大橋くんは、「昼間、長谷川さんを見たような気がして――」とつい口を滑らしてしまいます。すかさず、気まずい雰囲気をごまかそうとして「夜行」の話を持ち出したところ、なんと全員がその存在を知っていたという驚くべき事態に......。

 ここから、メンバーそれぞれが「尾道」「奥飛騨」「津軽」「天竜峡」「鞍馬」で体験した「夜行」にまつわる怪奇エピソードとともに、長谷川さんとの関わりや印象が語られます。

 どの物語も共通して静かで、どこか冷たくゾッとする不気味さが漂います。果たして、岸田が「夜行」を描いた意味、「夜行」に描かれた女性と長谷川さんとの関係、そして浮上する「夜行」と対をなすと囁かれる秘密の連作「曙光(しょこう)」の存在。

 幻想と現実が絶妙に行き来する"森見ワールド"はこの作品でも健在。むしろ、パワーアップした本作の底知れぬ力を感じてみてはいかがでしょうか。

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