連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第13回 今年上半期ヒット作の宣伝惹句を見てみると・・。

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●『スター・ウォーズ』シリーズに惹句は不要?

 映画の宣伝用惹句を並べて云々する連載をやっていて避けられないのは、旧作の惹句に目が向いてしまうことだ。時には自分が生まれる前に作られた映画の惹句に思いをはせたり、はたまた「決してひとりでは見ないでください」「劇場が戦場になる」といった、洋画宣伝が元気でいかがわしかった(良い意味でね)時代の産物に、どーしても目が行ってしまうのだが、どっこい映画惹句は生きている。日々公開される新作を、ひとりでも多くの人たちに届けるために、常に生産され続けているのだ。そのことを忘れてはなるまい。

 というわけで、今年はちょっと早い上半期のまとめ。正月から今月までにヒットした映画を惹句で比較してみようという試みであります。

 今年正月に公開され大ヒットした『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』。興収約115億円。はい。僕も映画館で3回見ました。その上BDも買いました。毎日のように見ています。たぶん最初の『スター・ウォーズ』(今日では『エピソードⅣ/新たなる希望』とサブタイトルがついている)を見た世代は同様でしょう。リブートものの鉄則は「最初にその作品に接した人たちの記憶を、決して裏切ってはいけない」。はい。J.J.エイブラムス監督は、このことをよーく理解しています。その『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の惹句はといえば、このワンフレーズ。

 「目覚めよ−」

 このたった1行だけでも『スター・ウォーズ』の新作が見られる!!との期待に胸を躍らせるファンが続出したのも、『スター・ウォーズ』シリーズはその存在こそがイベントであり、大げさな宣伝をしなくてもファンは集まるし、話題も盛り上がる。だから、さも観客を煽ったり騙すような惹句を作って世間に流布する必要はないわけだ。そういう意味では『スター・ウォーズ』シリーズの惹句ほどつまらないものはない。試しに70〜80年代における、初期3部作の惹句を並べて見ても、「A Long time ago in a galaxy far away...」(1978年日本公開『スター・ウォーズ』)、「STAR WARSシリーズ第2弾!」(1980年日本公開『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』)、「STAR WARSシリーズ第3弾→完結篇!」(1983年日本公開『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』)と、単に公開されることを告知しているだけ。まあ大ヒットが約束された映画の場合、こういう「守りの宣伝」に走りがちだと思うけど。


●『妖怪ウォッチ』の、貪欲な惹句は好感触。

 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』から興収はぐっと落ちるけど、上半期2番目のヒットになったのが『名探偵コナン/純黒の悪夢』。累計興収は現在58.9億円。本稿執筆時点でまだ上映が続いているから、最終的に60億円の大台突破は確実だろう。これは劇場版「コナン」シリーズの興収新記録にあたる。その「コナン」最新作の惹句はといえば・・。

「黒に染まれ−」
「暴かれたダブルフェイス! 宿命が導く、頂上決戦〈バトルロイヤル〉ミステリー!!」

 前者がティーザー段階のもので、今回は作品世界の謎を握る黒ずくめ団が登場することにちなみ、イメージカラーは黒で統一。惹句まで「黒」を織り込むという念の入ったファン対策。後者の場合はより広範囲の人たちにアプローチしているわけだが、シリーズの実績を過大に誇示せず、作品の内容を前面に押し出しているあたり、完成度に自信があるからだろう。

 続いて上半期ヒット作第3位。『妖怪ウォッチ/エンマ大王と5つの物語だニャン!』。こちらは正月公開で興収54.5億円。最終的にはもちっと上積みされるかな。その宣伝惹句はなんというか、けたたましい。

 「スリル! 興奮! 驚き! 感動! 爆笑!
                楽しさ鬼盛りの5つの奇跡!!」

 ・・・どんな映画なんだ(笑)? この要素がすべて詰まっている(まさに「鬼盛り」!!)のであれば、とんでもなくまとまりのない映画だと思うけど、お子ちゃまたちにアピールするためには、このぐらい強気な姿勢で責めるのが正解なのだろう。直接的なアプローチで迫力を感じる点では、こういう惹句は好きだし、効果的であって欲しいと思います。


●『ズートピア』をロングラン・ヒットに導いたのは、
         世界観紹介型の惹句と、柔軟な姿勢であった。

 対照的なのが、目下大ヒット中の『ズートピア』なのも面白い。どちらもファミリー層を狙った映画なんだけどね。

 「そこは、動物たちの〈楽園〉・・・のはずだった。」

 『ズートピア』の場合は、『妖怪ウォッチ』とはまったく逆に、作品の世界観を紹介するだけに終わっており、強烈なフレーズで作品を強引に認知させようとする姿勢が希薄なのが特徴。さて、この「動物の楽園」でいかなるドラマが、騒動が巻き起こるのか?は、観客(になろうとする人たち)の想像力に委ねられている。小さく「ジュディは夢を信じる新米警官。どんな願いも叶う街"ズートピア"の運命は、いま彼女の手に握られていた」とのサブ惹句があるものの、これまたジュディというキャラクターの紹介だけで、映画の中で彼女がいかなる活躍をするかは、詳しく触れていない。

 『ズートピア』の現時点での興収は45.5億円。ただしこの金額は、あくまでこの原稿を執筆した時点のもので、今後この興収はさらに伸び、最終的には『名探偵コナン』を超える可能性が大きい。

 あちこちのメディアで扱われているけど、『ズートピア』の場合、当初ファミリーをターゲットに宣伝を開始したものの、フタを開けるや大人の観客がけっこう多い。映画に描かれた動物たちのキャラクターや、現在のアメリカの格差社会を象徴するようなシチュエーションが見られると、この映画のクォリティを高く評価する声が相次いだのだ。ディズニーとしては、そうした大人の観客の声に対応し、上映中のTVスポットや追い広告をファミリー・ターゲットから大人向けのものに変更したところ、クチコミと相まって客足が連休中よりも増すという現象が起こった。これは巨費を投じた宣伝展開もさることながら、公開中の宣伝展開に観客の声やリアクションを反映させる、柔軟な姿勢が功を奏したものと言える。公開前の段階で「全米大ヒット!!」といった惹句で煽ってしまえば、この柔軟な路線変更は不可能だったことだろう。

 さて、これから夏休み。どんな新作がどんな惹句で期待を盛り立ててくれるだろうか、楽しみだ。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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