連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画惹句は、言葉のサラダ。】第10回 ボクシング映画は、惹句にも名作が多い。その理由は?

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●寺山修司監督の『ボクサー』について、
               惹句師は「失敗した」と語る。

 アメリカ映画『罠』『チャンピオン』、日本映画ならば阪本順治監督の『どついたるねん』『鉄拳』に、最新作『ジョーのあした』等等。ボクシングを題材にした映画は、男と男の闘いを一定のルールの中で描き、そこから両者の生き様が垣間見られるような、そんな作品が多い。それ故見る者としては、あたかもリングで相手のパンチを受けているような痛みを感じたり、そこからまた全身の力を振り絞って逆転に転じたり。カタルシスや感動を呼び起こすジャンルなのである。それ故ボクシング映画には名作が多いのだが、同時にボクシング映画を宣伝するために作られた惹句にも、忘れがたい名作が少なくない。

 筆者がまずボクシング映画の名作と聞いて、筆頭にあげるのが、寺山修司監督が東映で撮った『ボクサー』だ。1977年10月1日公開。半年前に公開され、日本でもヒットした『ロッキー』のような映画を、おそらくは当時の東映も作ろうと考えたのだろう。当時「トラック野郎」シリーズの連続ヒットでスター街道をばく進していた菅原文太もまた、ボクシング映画を企画しており、それが東映作品として実現することになった。その菅原文太が監督に指名したのが、詩人にして、映画監督でもあった寺山修司。だが寺山はこれまでATG映画でロウ・バジェットの映画を監督した経験しかない。それでも東映が寺山監督を受け入れたのは、スター・文太のたっての希望だったからだ。

 東映作品の惹句といえばこの人。当時東映宣伝部に所属した、惹句師・関根忠郎さんだが、こと『ボクサー』に関する限り、彼の口は重い。なぜなら「最初、シナリオを読んでポスター用に作った惹句が、まったくダメだった。失敗作だった」という。その失敗作だという惹句は、どんなものだったのか? 当時の雑誌広告からピックアップしてみた。

「生きるため、憎しみをかきたてる日々−」

「心をこめて若者に贈る 一発のストレート」

 どちらかというと、これはボクシング映画のではなく、プロボクシングそのものを表現した惹句と言える。プライベートでもリングサイドで試合を観戦するほどボクシングが好きで、思い入れのある関根さんは「作品との距離感を見失った」と、当時のことを語る。自信喪失した関根さんは、「良い惹句が出来なくて・・と、文太さんに漏らすと「だったら監督に作ってもらえば良いじゃないか?」と文太さん。そうか、その手があったか。早速スタジオに行き、寺山監督に惹句を依頼する関根さん。翌日寺山監督は、数枚の原稿用紙に自作の惹句を書いて、関根さんに手渡したという。その時関根さんの目に入ってきた、最初の『ボクサー』の惹句は、こう書かれていた。

「兄貴と呼んでもいいですか・・・」

 この1行を見た関根さんは、はっとしたと言う。そして、寺山惹句は「ボクサー」という映画の神髄をことごとく描写していた。

「さすらいの旅路の果てに
 めぐりあった一人の若者がいた
 彼は ボクサーになりたいと、言った」

「『さよならだけが人生だ』
 い々か、リングにあがったら
 決して俺をふりむくなよ」

 「寺山さんからもらった惹句は、新聞広告用に、全6種類使わせていただきました。まだその惹句が書かれた原稿用紙を大切に持っていますよ」と関根さんは言う。その「ボクサー」のために寺山監督が書いた惹句には、こんなものもある。

「男には運命という言葉はない。
 あるのは『やるか』『やめるか』だけ」

 このフレーズ、どこかで耳にしたことあるな、と思ったら、アメリカのボクシング映画の名作について、ある映画評論家が語ったことだった。


●「ロッキー」を語った、ある映画評論家の言葉。

 その映画とは『ロッキー』。もう有名な作品で、シルベスター・スタローンはこの1本でいちやくスターになった。その『ロッキー』がTBSの「月曜ロードショー」でオンエアされた時、解説の荻昌弘さんが、こんなことを言ったのを未だに覚えている。

「人生、やるかやらぬか。
 これは『やる』ほうに賭けた、勇気ある人たちのドラマです」

 先の寺山監督の『ボクサー』惹句と、とてもよく似ている。『ボクサー』も『ロッキー』も、納得出来ない境遇から脱出するために、自らを奮い立たせる男の物語だ。大ヒットした『ロッキー』に続いてスタローンが自らメガホンを取った『ロッキー2』『ロッキー3』『ロッキー4/炎の友情』が製作・公開されるが、ロッキーが僕たちに見せたハングリー精神は徐々になりを潜め、そこには強敵に勝利するカタルシスばかりが大げさに描かれることになった。

 「ロッキー」シリーズの惹句の中では、ラブストーリー的風貌の1作目と異なり、いかにもボクシング映画といった感じの『ロッキー4/炎の友情』のサブ惹句が、なかなか格好いい。

「友よ、君のために闘う。
 熱い祈りをこめて巻く 誓いのバンテージ」


●「クリード」が立証してみせたもの。

 「ロッキー」シリーズは続く第5作『ロッキー5/最後のドラマ』(監督ジョン・G・アビルドゼン)で幕を閉じるが、この最終作に納得が行かないスタローンは、改めて『ロッキー・ザ・ファイナル』を監督・主演し、老いたロッキー・バルボアの最後のファイトを描いてみせた。そして2015年。シリーズを終えたスタローンのもとに、若い監督が「ロッキー」シリーズのキャラクターで、新たに作品を作りたいと申し出る。それは、かつてのライバルだったアポロの息子が、ロッキーのトレーニングを得て勝負に勝つ、そんな内容だった。全米では11月、日本では正月映画として公開された『クリード/チャンプを継ぐ男』は、ボクシング映画に名作が多いことを、またしても立証してみせたのであった。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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