連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画を待つ間に読んだ、映画の本】 第27回『エンピツ戦記/誰も知らなかったスタジオジブリ』〜エンピツ戦士の心情やいかに?

エンピツ戦記 - 誰も知らなかったスタジオジブリ
『エンピツ戦記 - 誰も知らなかったスタジオジブリ』
舘野 仁美,平林 享子
中央公論新社
1,512円(税込)
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●特殊な成立プロセスを持つ本

 そういえば、最近こういった著者名表記をちょくちょく見かけるなあ。「舘野仁美 平林享子構成」。

 昨年秋に発行された、舘野仁美さんの著書『エンピツ戦記/誰も知らなかったスタジオジブリ』という本には、著者である舘野さんの名前の隣に、少し大きさを落とした文字サイズで平林さんという方の名前が表記されていて、そのまた隣に、さらに大きさを落とした文字サイズで「構成」との表記がある。つまりこの本は、舘野さんが書いた文章を、平林さんという方が全体の構成を整えた上で刊行したという意味なのだろう。

 ところが、書籍の最後には「エンピツ戦記外伝--構成者あとがき」と称する文章がある。はああ?? 著者が末尾にあとがきを書くのはよくあるものの、構成を行った人間がなぜあとがきを書く必要があるのか?

 その「構成者あとがき」を読んで、合点が行った。この『エンピツ戦記』という本は、ちょっと特殊なプロセスを経て世に出た本なのだ。そのプロセスを明かせば、『エンピツ戦記』は、もともとスタジオジブリが発行している広報誌「熱風」に連載されたものであり、そしてそれは多忙な舘野さんが自ら著したのではなく、彼女の話を平林さんが聞き、それを文章化したのだそうだ。そうなると、舘野さんが著者とは言えないんじゃないかなあ。だってインタビューしたのは平林さんで、答えたのが舘野さんであれば、書籍にする場合はインタビュアーである平林さんの著書として表記されるべきなんじゃないだろうか。まあインタビュー記事の著作権が答えた側にあるのか、それとも話を聞いて文章化した人にあるのかハッキリしていなくて、現状では両者にあるとされているんだけど。ただやっぱり、『エンピツ戦記』に書かれているのは舘野さんの心情であり考えであり体験談であるし、「熱風」連載にあたっても、平林さんが文章化した舘野さんのお話を、最終的に舘野さんが内容確認した上で掲載されただろうから、舘野さんの思想の反映物として世に出ることはもっともだ。だからこの本の場合、やっぱり舘野さんと平林さんの共著とすべきではないだろうかと、本を書くことを生業にしている筆者としては思うのである。


●「お前、飛び方がおかしい」と鳥にダメ出しする宮崎監督

 『エンピツ戦記』の内容について触れると、動画チェックという、一般人には耳慣れない肩書きを持つ舘野さんが、スタジオジブリ制作部でのお仕事を通して見た宮崎駿、高畑勲両監督の素顔や、そもそも動画チェックとはいかなる仕事なのか?等を描いた部分は、すこぶる面白い。

 動画チェックという職種について、舘野さんは「アニメーターの仕事の中で、いちばん目立たない裏方で、まさに縁の下の力持ちであることを求められる」ポジションだという。「動画の品質管理をしている人」が、動画チェックという職種であるのだ。この道27年。もはやベテランである舘野さんは、各カットを発注する時も「難しいカットは仕上がりを予測出来るベテランにお願いして、比較的簡単なカットは若手や外のスタジオに回す」と、効率的な仕事ぶりで成果を上げていくが、ただそれだけではなく「似たようなカットばかりまわってきたら描く人も飽きてしまうでしょうから、苦労したカットの後は少し楽なカットにしたり、人気のあるカットを『ご褒美』としてあいだにはさんだり、という操作をしていました」等と、気配りを忘れない。優れた力を持つだけでなく、周囲に対する気配りや配慮が出来る、精神的成熟度の高いスタッフが、宮崎監督や高畑監督作品の高いクォリティを支えていることがよく分かる。

 映画を創る上で中心になるのは言うまでもなく監督だが、舘野さんが見聞きした宮崎監督についてのエピソードが面白い。鳥の飛び方をどう描くか。宮崎監督はそんなことにも自身の経験を元にした回答を持っており、それをスタッフにも伝えていくのだが、ある時社員旅行で訪れた奈良の猿沢池のほとりを歩いていた際、宮崎監督が空から舞い降りた一匹の水鳥を見て、こんなことをつぶやいたという。

 「お前、飛び方、間違ってるよ」。

 アニメ映画の巨匠は、なんと実際の鳥に対してNGを出し、自身が信じる「正しい飛び方」を要求したというのだ。
 こうした個性的な人材と一緒に、アニメ映画を創ってきた舘野さんのジブリでの日々は、楽しくも驚いたり戸惑ったりすることがさぞ多かったことだろうと、心情を察してしまう。


●今の時点での『エンピツ戦記』を

 結局『エンピツ戦記』という本は、舘野さんが話したことを平林さんが文章化して行き、それを「熱風」で連載したものを書籍化したわけだが、その際舘野さんは内容の確認をもちろんしていることだろう。つまりアニメ映画の品質を左右する動画チェックという作業を、この本を創る上でも舘野さんはやっているわけだ。

 連載を始めるにあたって宮崎監督が「きれい事を書くのであれば、読みたくありません!!」と言った、その気持ちも理解出来るし、構成に悩む平林さんに対して「一方的な見解を書いてはいけない。舘野さんにとってはそれが事実であっても、その場にいたほかの人の視点から見たときには、またちがう事実もあるかもしれない。フェアな書き方を心がけるように」と、鈴木敏夫プロデューサーがアドバイスしたのも、スタジオジブリ代表取締役として、ジブリ社員が書いた書籍によって、ジブリ関係者の誰かが傷ついてはいけないという、経営者としての配慮によるものだ。どちらの気持ちも理解出来る。「エンピツ戦記」という本はつまるところ、スタジオジブリ関連商品であり、ひとりの女性が永年続けてきた職業の回顧録でもあるのだ。

 本書を読むことで、動画チェックという職種に対して理解が深まったのと同時に、ジブリでの作品作りが具体的にどう行われていたかも分かった。ただし、肝心なのは舘野さんの心情が、どこまでこの本に反映されたかということだ。

 ジブリ制作部が解散してから、早いもので1年3ヶ月が経とうとしている。現在では西荻窪で喫茶店を経営する舘野さんが、現在の、帰属組織のない立場でジブリでの日々をどう回顧するか。今度は平林さんを通してではなく、舘野さん自身が書いてみてはいかがだろうか。とても、とても興味深い書籍になるに違いない。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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