カップ一杯のコーヒーに、ロマン溢れる歴史が潜む?
- 『珈琲の世界史 (講談社現代新書)』
- 旦部 幸博
- 講談社
- 864円(税込)
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世にコーヒー好きは多いけれど、その歴史について詳しく知っているという人は少ないのではないでしょうか。人が食べ物を口にするとき、その食べ物に込められた「物語」も一緒に味わうように、カップ一杯のコーヒーにもそこには芳醇なロマンに満ちた「物語」の数々が溶け込んでいると考えられます。そしてコーヒーの歴史を知ることは、その「物語」を読み解くことであり、深く知れば知るほどコーヒーの味わいもまたいっそう深まるにちがいありません。
そんなコーヒーに潜んだ歴史をたどることができるのが『珈琲の世界史』です。ユニークなのは著者の旦部幸博氏は滋賀医科大学助教授であり、がんに関する遺伝子学、微生物学が専門のバイオ系研究者であること。大学時代に趣味として始めたコーヒー研究の魅力に取り憑かれ、2016年には『コーヒーの科学』なる本を上梓しますが、その際に好評だったのが「コーヒーの歴史」という章だったそう。そこで読者の声に応え、まるまる一冊、歴史だけの本を書こうと完成させたのが本書なのだとか。
というわけで、本書には歴史好きな人も楽しめるコーヒーにまつわる話が続々と登場します。「イギリス近代化の陰にコーヒーあり!?」「世界のコーヒーをナポレオンが変えた?」「コーヒーで成り上がった億万長者たち」「東西冷戦とコーヒーの意外な関係」など、どれも読み物として興味深いものばかり。
たとえば、17世紀にヨーロッパに伝わったコーヒーは当初、好事家や貴族たちなど一部の人が飲むものだったのが、コーヒーハウスやカフェの登場により「市民交流の場」として中産階級や市民階級にも普及し、社会に多大な影響を与えるようになったといいます。学校の授業ではコーヒーに着目して世界史を学ぶことはないだけに、このお話だけでもかなり新鮮に感じますが、同じヨーロッパでもさらに国によって違いがあるというのも面白いところ。
イギリスでは当時のコーヒーハウスは基本的に女人禁制であり、コーヒーハウスに入り浸る夫に放っておかれた妻たちが「コーヒーは出生数を低下させる」というパンフレットを発行した記録が残っているだとか、フランスでは消費の大半がパリの中産市民階級で、味や薬理作用よりカフェの「高級感あるスタイル」からコーヒーにはまってしまう人が多かったようだ、とか......。先史時代から今現在に至るまで、コーヒーがたどった歴史が、起源に関する最新仮説なども交えながらわかりやすく紹介されています。
昔から歴史に多大な影響をおよぼしてきたコーヒーには、それだけ大きな力がそなわっているということかもしれません。最近ではネスレと東北大学が"コーヒーの香りと人間の行動変容"という日本初の実験を行ったところ、コーヒーの香りによって、困っている人を助ける人の割合が約3倍に増加したという調査結果もあるほど。過去だけでなく、現在、そしてこの先もコーヒーは私たち人との関係性をまだまだ育んでいくことでしょう。
本書を読みながら、ヒト社会とコーヒーとの歴史的交錯に思いを馳せる......それはきっと、いつもとは違った角度から「コーヒーのおいしさ」を再発見することにつながるはずです。それこそコーヒーを片手に、のんびりと本書を楽しんでみてはいかがでしょうか。