あのラッパーはマイケル・ジョーダン級!? 全米ベストセラーのラップ入門書

ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲
『ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲』
アイスT(序文),シェイ・セラーノ
DU BOOKS
2,700円(税込)
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 2015年9月に放送が開始された「フリースタイルダンジョン」に端を発し、昨年はラップブームとでも呼べるような状況になった。MC漢やサイプレス上野など、現役ラッパーのテレビ番組やCM出演が相次ぎ、雑誌でも『Switch』や『ユリイカ』などがこぞって「ヒップホップ」「ラップ」を特集した。昨年2016年6月には、東京都主催の「TOHYO CYPHER」に数多くの有名ラッパーが出演するなど、MCバトルを引き金に日本でもラップは一気に市民権を得た感がある。

 一方で、今回のムーブメントをキッカケにラップに興味を持った人は、あまりに必聴と言われる音源が多すぎることから、足踏みしている人も多いのではないだろうか? 何を隠そう筆者もそんな迷える1人で、有識者やヘッズに勧められがままに音源を聴いてみるものの、うまくラップの全体像が掴めずに四苦八苦していた。今回は、そんなヘッズになりきれない人にうってつけの書籍、シェイ・セラーノ著による『ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲』をご紹介したい。

 全米ベストセラーにもなった本書のコンセプトは、1979年から2014年までの35年間を、大胆にも1年につき1曲と極端に曲数を絞って解説すること。一般的なディスクガイドの場合、1冊につき何百枚ものアルバムが掲載されることも少なくないため、あまり知識のない人が読むと挫折する可能性が高い。その点、本書で取り上げられる楽曲は、基本的に1年につき1曲のみ。選択基準は、その後のラップシーンに最も影響を与えた楽曲となっているから、たった1曲を通して1年間の流れを掴むことができるのだ。

 さらに、著者が綴る楽曲解説は、単調とは全く無縁。アーティストによって、自由自在に解説の切り口を変えてみせる。たとえば、1987年に選出された、ERIC B. AND RAKIMの「PAID IN FULL」はこんな角度から解説している。

 「ラキムは、ラップを革新させる事で、ラップに一大革命を起こした、ならば、それについて話してみよう。そこで、ここでは、ふさわしい比較対象として、マイケル・ジョーダンを出す事にする。なぜなら、2人とも、決まっていつも史上最強とみなされるからだ」(本書より)

 伝説のバスケットボール選手を引き合いに、ラキムの卓越したライミングスキルを紹介し、ラキムが変化させたDJとラッパーの力関係について論じるのだ。こうした変化球の解説もあるかと思えば、1994年に選出されたThe Notorious B.I.G「Juicy」は、ある天才ラッパーと比較し、こう解説する。

 「彼(ナズ)は自分の脳内にあなたを連れ込み、自分がスーパーヒーローだと教えた。ビギーはその逆に向かった。彼があなたの頭蓋骨を開いて教えてくれたのは、あなたがスーパーヒーローではない、彼も違うし、恐らく誰もが違う、という事だった」 (本書より) ※()は筆者註

 日本でも絶大的な人気を誇るNas「illmatic」が発売されたのは同年1994年。シェイ・セラーノは、どうしてナズではなく、ビギーを選んだのか? 丹念に楽曲解説をした上で、上記のように締めくくるのだ。

 また、本書にはセラーノの解説以外に、選出に対する反論としてニューヨーク・タイムズ紙やMTVなどを主戦場とするライターの主張が小さくまとめられていたり、理解を手助けするウィットに富んだ豊富な図版が収められている。たとえば、日本でも映画が公開されて話題のN.W.A「Straight Outta Compton」を扱った章では、楽曲中に出てくるFワードをカラフルにまとめたインフォグラフィックが掲載されていたりする。

 このように、本書は1年につき1曲と大胆に楽曲数を絞り込みながら、その上で多彩なライター陣による反論やカラフルなインフォグラフィックを用いて、情報に厚みを出している。今までラップ入門に失敗してきた人にこそ、是非とも本書を読んでいただきたい。きっと漫画感覚で、楽しみながらラップの歴史をおさらいできるはずだ。なお、本書で紹介される楽曲の多くはSpotifyで聴くことができるため、併せて楽しむことをオススメする。

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