連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画を待つ間に読んだ、映画の本】第33回『映画は中国を目指す --中国映像ビジネス最前線−』〜この本が出てからの1年が、大変なことになっている。

映画は中国を目指す (映画秘宝collection)
『映画は中国を目指す (映画秘宝collection)』
中根 研一
洋泉社
1,990円(税込)
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●ルックスで損している本?

 昨年の8月に刊行された本である。その現物を手に取った時と、読了した際の印象が大きく異なる本であった。正直に言うと、「ずいぶんとルックスで損をしている本だなあ・・」と。表紙に描かれたキングギドラもどきのイラスト。それを囲んだ、いかにも中華ラーメン的なライン。うーむ・・・編集者の趣味だろうか。それとも著者の希望だろうか。まあ内容的にもウルトラマンや特撮番組を大きく扱っているあたり、そっち方面の読者にアプローチしたかったのだろうけど。とはいえ、これは特撮について触れただけの本ではなく、現在アメリカ映画界を凌ぐだろうと言われている、中国の映画産業について触れた、いわばビジネス書に該当する本だ。

 ちょっと中国の映画産業状況について色々と調べる機会があったので、まずはこの本を読んだのだが、マーケットの構造や中国の映画産業の歴史、アメリカ映画や日本映画の進出に関する状況などが、実に分かりやす安く書かれている。中国の映画マーケットに関する、基礎的知識を得るのならば、絶好の書籍と言えよう。


●トーマス・タルの野望は、一見潰えたように見えるが・・。

 肝心なのは、この本が発売されてからの1年間における、中国の映画マーケットの激しい動きだ。中国に続々とシネコンが誕生し、昨年年末現在で2万8000スクリーンが稼働中。以後も1日14スクリーンずつ増えているという驚愕の数値をTV、新聞などの報道で目にしたことはないだろうか。このペースでスクリーン数が増えていけば、昨年末現在4万547スクリーンのアメリカ・マーケットを凌駕する時期が、遠からずやってくる。まさにモンスター・マーケット化が予測される中国に対して、早い時期からアプローチをしていたのが、『パシフィック・リム』『GODZILLA/ゴジラ』など、怪獣映画マインドに満ちた大型娯楽映画を製作し続けている、アメリカのレジェンダリー・ピクチャーズである。そのCEOトーマス・タルは筋金入りの怪獣おたく、特撮おたくとしてマニアの間でもその名が知られている。タルは中国において超大作「ザ・グレート・ウォール(原題)」の製作を2011年8月に発表。当初の予定ではエドワード・ズウィック監督だったが、これがチャン・イーモウ監督に変更となり、今年3月にはマット・デイモン、ウィレム・デフォー、アンディ・ラウなどの出演者たちと共に、この作品が中国=アメリカ共同製作として12月16日から中国、2017年2月17日からアメリカで公開されることがアナウンスされた。


●パシリム大ヒットが、2本の米中共同製作に繋がった。

 そのトーマス・タルが製作した2013年作品『パシフィック・リム』が、中国市場で大ヒット。全米興行収入1億180万2906ドルに対して、中国の興収は1億1940万ドルと、アメリカを上回る成績を見せた(興行成績はBOXOFFICE MOJOによる)。中国マーケットでの手応えを感じたタルは、2014年4月に中国最大の映画配給会社チャイナ・フィルム・コーポレーションが、レジェンダリーの製作する2本の新作映画に出資すると発表。1本は惜しくも日本では劇場未公開となったが、最近DVD/BDがリリースされた『セブンス・サン/魔法使いの弟子』で、もう1本は今年7月に日本でも公開された(興行は振るわなかったが)『ウォークラフト』だ。この『ウォークラフト』、アメリカでの興行も日本同様振るわなかったものの、中国マーケット(だけ)で大ヒット。興収2億2084万1090ドルをあげ、世界マーケット興収4億3350万ドルの約半分を占める事態となった。噂ではこの映画をタルは3部作として構想しているようで、近く第2作が製作されるとか。


●中国の不動産王に買収された、怪獣おやじタル。

 ところが人の運命とは分からないものだ。『ウォークラフト』の全米・中国公開前、レジェンダリー・ピクチャーズの親会社レジェンダリー・エンタテインメントが中国の不動産グループ ワンダ・グループに35億ドル(約4200億円)で買収されてしまう。ワンダ・グループはワン・ジエンリン率いる企業集団で、2012年にアメリカの興行会社AMCエンターテイメント・ホールディングスを26億ドルで買収し、さらにオーストラリアの興行会社HOYTSグループをも傘下に収める。中国最大のシネコン・チェーンを有することになったワンダ・グループは、レジェンダリー買収によって製作機能をも手中に収めただけでなく、現在国内に30個のサウンド・ステージとポスプロ機能を持つ巨大スタジオを建設中というから、これからの中国の映画産業は、ワンダを中心に動くことになるだろう。

 オーナー会長から雇われ社長に転落したと思われた怪獣おやじトーマス・タルだが、ワンダに買収されたことは、どうやら彼にとって悪いことにはならなさそうだ。というのは、今年8月27日に産経新聞が報じたニュースによれば「中国の全国人民代表大会(全人代)で、映画産業の管理に向けた法案審議が進んでいる。海外の映画会社の活動を制限するほか、当局が国家の安全を損なうと判断すれば製作を認めないなどの内容。近く成立する見通しで、行き過ぎた規制を懸念する声が出ている」という。即ち急成長した映画産業の秩序維持や、海外の価値観の流入に対して、法律を制定して監視しようというのだ。近来ハリウッド映画の大型作品・・・最近では『X-ミッション』『スター・トレックBEYOND』など・・にも中国企業の資金が流入してきているが、そうしたケースとは異なり、中国側がイニシアティヴをとる形での米中共同製作作品であれば、この法規制も厳しくは働かないのではないか。中国の大企業を親会社に持つレジェンダリーであれば、他のハリウッド映画より有利な立場で中国マーケットでの展開を行えるのではないかというのが、もっぱらの噂だ。

 「ギャレス・エドワーズ監督が降板した『GODZILLA2』も、中国人監督の手によって、中国を舞台にした作品になるんじゃないか?」と、冗談とも本気とも言えないフレーズが飛び交う昨今。まだまだ中国マーケットの成長(というか、暴走?)ぶりは、止まりそうにない。そのシチュエーションを理解するためにも、中根研一の好著『映画は中国を目指す』は、必読と言えるだろう。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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