連載
映画ジャーナリスト ニュー斉藤シネマ1,2

【映画を待つ間に読んだ、映画の本】 第26回『円山町瀬戸際日誌/名画座シネマヴェーラ渋谷の10年』〜名画座の経営は、「解せぬ!!」ことの連続なのだ。

円山町瀬戸際日誌―名画座シネマヴェーラ渋谷の10年
『円山町瀬戸際日誌―名画座シネマヴェーラ渋谷の10年』
内藤 篤
羽鳥書店
2,592円(税込)
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●エンタメ弁護士が、名画座の館主に

 そういえば、内藤篤という名前を日本映画のエンディング・クレジットで見かけることが、ちょくちょくあるなあ。表記された役職は「法務」となっているから、映画を製作するのに必要な法的な手続きをしている方だろうと認識したが、内藤さんはエンタテインメント関係専門の弁護士さんで、映画だけでなく音楽や、多岐にわたるコンテンツ・ビジネス関連の法実務のお仕事をされているそうだ。

 そのエンタメ専門弁護士の内藤さんが、渋谷に名画座を開場したのは10年前のこと。当時このニュースを聞いて思ったのは「弁護士ってぇのは、そんなに儲かる職業なのか」ということだ。その反面、今どき名画座なんてどう考えても儲かる仕事だとは思えない。弁護士業でたんまり儲けた金があって、納税対策で道楽に手を染めようというのだろうか。

 シネコン全盛の昨今、1スクリーンの、しかも旧作しか上映しない名画座なんて、吹けば飛ぶような存在だろうと思いきや、そうしたシネコン全盛の反動とおぼしき、にわか名画座ブームみたいな現象が今、起こっている。先日も知り合いの映画評論家が雑誌の依頼で、都内9つの名画座を取材したのだが「その中で、経営が苦しくて、もうたまらん!!と悲鳴を上げていたのは、たった1館でした」と関心していた。なるほど。1スクリーンでこぢんまりと営業しているからこそ、小規模な経営として成立しているわけだなあ。そして、その「こぢんまり」感が、シネコンのせわしなさに飽きた観客から、支持されているのだろう。

 そんな弁護士と名画座オーナーという、二足のわらじを履く内藤さんが書いた『円山町瀬戸際日誌』には、映画ファンなら一度は抱く「自分の好きな映画を、自分だけの映画館で毎日上映したい」という願望を実現した楽しさ、喜びに加えて、大もうけとは行かないものの、せめて赤字は回避したいというつつましやかな祈りさえ打ち砕く現実。されど、例え不入りであっても「やって良かった」と思える特集上映を実現した満足感が綴られており、とりわけ予想を上回る盛況や、逆に大入りを期待した番組が不入りな光景を目撃した内藤さんの複雑な胸中が、「解せぬ!!」の一言に込められているあたりが面白い。


●「興行監督」鈴木則文の心意気!!

 シネマヴェーラ渋谷では、旧作を特集上映のスタイルで上映しており、基本2本立て。特定の人物やテーマで番組を編成し、上映作品は早いペースで次々と替わる。

 例えば公開当時、多くの観客を集めた山口百恵出演作品の特集に、さっぱりお客が来ない。ここでもまた内藤さんの「解せぬ!!」が炸裂する。そうかと思えば抜群の集客力を見せたのが、主に東映で活躍した鈴木則文監督の特集だ。『トラック野郎』シリーズで知られるこの監督の特集を思い立った内藤館主は、監督自身の意向を尋ねる。これは「特集の対象となる方がご存命な場合は、可能な限り御本人の意向を反映させる」といった、内藤さんのポリシーによるものだ。鈴木監督から伝えられた希望とは、自作のうち『徳川セックス禁止令・色情大名』『聖獣学園』の2作品をスクリーンで見たいとのことであった。両作品とも製作年度が古いことから、配給会社に保管されている上映用プリントは、もはや使用に耐えない。こういった場合、時折行われるのが、現像所に保存されているネガから新たにプリントを作成する代金を、名画座側が負担するケースだ。一般に2時間の映画のニュープリントを1本作成するのには30万円ほどかかると言われており、この場合は2本分のプリント作成費をシネマヴェーラが負担して優先的に上映。配給会社である東映がヴェーラ上映後のプリント管理を行うといった具合だ。単に配給会社からプリントを借りて上映するだけでなく、プリント作成費をヴェーラが負担しなければならないのだが、鈴木監督御本人の意向とあって内藤さんはこれを受け入れ、両作品のニュープリント作成を東映に依頼する。

 そんな館主の誠意が通じたのだろう。鈴木則文監督は、この自身の特集上映について、積極的な協力を申し出る。

「自分は興行監督(興行を盛り上げる手腕の監督)だから、自分の映画に賭けて興行を打とうという以上、損をさせたらアカンという気持ちが高まってきて、燃え立つのだ」と、鈴木監督。この男気、この心意気!! トークショーとそのお相手の選定から始まり、特集上映のチラシを知人友人に配布してくれたり、『トラック野郎』以来お付き合いのある、トラック運転手たちの雑誌の連載での告知、さらには監督の弟子を名乗る脚本家がシナリオ作家協会の機関誌に告知を申し出てくれたり。たくさんの人たちの協力のおかげで、鈴木則文監督特集は連日大賑わいだったという。


●安藤昇特集に詰めかけた、その筋の人たち・・

 そうかと思えば、いつもと違った層のお客さんが入場し、困ったことが起こったり。これまた内藤さんと、現在支配人を務める奥様がなんとしても実現したかった、安藤昇特集。安藤昇は、渋谷を拠点にその名を高めたその道の人で、後に俳優に転身し、松竹や東映の映画に多数出演している。例によって安藤さん御本人の意向を確認し、作品集めに取りかかる内藤館主。晴れて「安藤昇特集」の初日を迎えたシネマヴェーラ渋谷だが、映画館の周辺にはひと目でそっち方面の人と分かる、黒服に身を包んだ男たちの一群が。おそらく組の上司から「安藤の兄貴が出ている映画だから、お前ら見てこい」とでも言われたのだろう。ちゃんとチケットを買ってくれて、映画を見始めるのだが、どーもこの人たちが落ち着かない。上映中にも関わらず、途中で席を立ったり場外から戻ったり。あまりにもその回数が多いことから、他の観客から苦情が出始めてしまう。別の作品の上映の時も、頻繁に同じことが起こっている。そして、ついに支配人のミセス内藤がキレた。上映中に場外に出ないように、場内放送でアナウンスしたというのだ。幸いにして「なんじゃとぉ!! このアマ!! わしらがどんな風に映画を見ようと、わしらの自由じゃい!!」とばかりに黒服の人たちの怒りを買い、あわやシネマヴェーラ渋谷で抗争が発生・・・とはならなかったようだが。

 余談だが、現在支配人を務めるミセス内藤はすこぶる美しい女性で、かくいう筆者も数年前にあるパーティーでそのお姿を見かけたことがある。まさに掃き溜めに鶴。その美しさに目を奪われた男どもが、場内あちこちで「あの美女は誰だ?」「弁護士の内藤さんの奥さんらしいぞ」とざわめいていた様子が、昨日のことのように思い出される。現在においてもシネマヴェーラの受付にいる彼女と話をするために、チケットを購入して映画を見ずに帰るお客さんもいるという。美人って得だなあ。

 名画座経営の裏側のみならず、その楽しさや悩み、達成感、不思議さなどが綴られた、読み応えがあり、うらやましさが募る(特に奥さんが美人なことが)快著。ぜひともこの続きを読みたいものである。

(文/斉藤守彦)

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斉藤守彦(さいとう・もりひこ)

1961年静岡県浜松市出身。映画業界紙記者を経て、1996年からフリーの映画ジャーナリストに。以後多数の劇場用パンフレット、「キネマ旬報」「宇宙船」「INVITATION」「アニメ!アニメ!」「フィナンシャル・ジャパン」等の雑誌・ウェブに寄稿。また「日本映画、崩壊 -邦画バブルはこうして終わる-」「宮崎アニメは、なぜ当たる -スピルバーグを超えた理由-」「映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?」等の著書あり。最新作は「映画宣伝ミラクルワールド」(洋泉社)。好きな映画は、ヒッチコック監督作品(特に『レベッカ』『めまい』『裏窓』『サイコ』)、石原裕次郎主演作(『狂った果実』『紅の翼』)に『トランスフォーマー』シリーズ。

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