平成最後の夏 時代を乗り越えるキーワードは「不確実性」?

頼介伝―無名の起業家が生きたもうひとつの日本近現代史
『頼介伝―無名の起業家が生きたもうひとつの日本近現代史』
松原 隆一郎
苦楽堂
2,160円(税込)
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 平成最後の夏の到来。1つの時代が終わる予感がしながらも、人生の先行きの見えなさに漠然とした不安を持つ人もいるかもしれません。

 一度体験したバブルの熱狂が忘れられない、あるいは生まれて以来不況しか知らない。いずれにしても、自分が生きた時代だけに縛られ過ぎては、次なるビジョンが描きにくいもの。そんな膠着した状況にある人に、人生経験豊かな示唆を与えてくれるのが『頼介伝―無名の起業家が生きたもうひとつの日本近現代史』(苦楽堂)です。

 同書は、専門の社会経済学の論争から、町道場でのスパーリングまでこなす、まさに文武両道の経済学者・松原隆一郎さんの祖父の人生を綴ったファミリーヒストリー。もちろんただの伝記の枠に収まらず、主人公である祖父・松原頼介(以下「頼介」、1897~1988)さんの世代が直面した時代が、近代日本においても類をみないほど起伏に富んだものであることに特異性があります。

 頼介は人生で二度、巨大な右肩上がりの景気の波に出くわします。一度目は、第一次世界大戦に伴う好景気から、1937年の日中戦争の勃発まで。二度目は、戦後の高度成長期。彼は、それぞれの経済発展に合わせて起業し、会社を大きくし、そして後に破綻させます。一見、"失敗の歴史"のようにもみえますが、第二次世界大戦の敗戦時に頼介の年齢は46歳。そこから再起して、確実に一度戦後に成功をおさめた事実は見過ごせません。

 「一般にはまったく無名の起業家」と孫である著者は謙遜しますが、頼介の生涯は実に華麗。安倍晋三の祖父・岸信介と同郷・同級生であった学生時代を経て、戦前の南洋ダバオ、神戸での興亡。満州鉄道相手の大商売、『細雪』の地での成金暮らし、戦禍で失った8隻の船、再起を賭けた造船事業と軍の徴用......。頼介の製鉄業での栄光と破綻の過程が、日本の明治、大正、昭和という近現代史と重なっていく様子はエキサイティングで、教訓に満ちています。

 著者は、主流派の予定調的な市場観と一定の距離を置いている人物。「利潤は将来の不確実性に耐えて商機を得た経済活動に対し与えられる」という経済観を『経済政策―不確実性に取り組む』(放送大学教育振興会、2017)にまとめています。

 「頼介の人生をたどり返してみると、その人生は起業の繰り返しであり、不確実性に挑み続けるものであった。それは私の経済観においても主人公となるべきであり、現実に頼介のような起業家が神戸の経済社会を作り上げる原動力だったと分かった」(同書より)

 二度の高度経済成長に立ち会い、二度の挫折に負けじと奮闘した頼介。同書を読むと、彼を貫いたのは不確実性への覚悟であると気づかされます。新しい年号とともに新しい時代を迎えようとしている今、先行き不透明な不確実性にむしろ飛び込んでいくような姿勢が重要なのかもしれません。

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