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プロレス×映画

天才セラーズの1人3役に、フォーリーの3ギミック活用術を思い出したブラックコメディの傑作『博士の異常な愛情』

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 完璧主義でアートな映像作家の印象が強い巨匠S・キューブリック。そのせいで小難しいシャレオツな作品ばかりなイメージがあるかもしれませんが、代表作のひとつ『博士の異常な愛情(または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか)』(1964)は違います。ノーシャレオツなブラックコメディなのであります。

 1960年代当時、現実に起こり得た、東西冷戦下における核戦争の危機から破滅的結末に至るまでの狂騒劇を、鋭い風刺性で組み立て上げ、それを粒揃いのキャストらが怪演。映像美よりも製作時のフィーリングを重視した、ある種の軽快さで突っ切る内容から、ブラックコメディの傑作の声もあるほどです。

 「60年代当時はこんなネタが受けたのか」と、笑う以前に時代背景が気になってしまう面があるものの(冷戦やR作戦に関わる歴史的背景についても)、キャラの濃ゆいキャストたちの喧々諤々のやりとりは、今観ても胸やけするくらい強烈です。

 特に本作を語る上で欠かせないのが、1人3役をこなしたピーター・セラーズ。本作や『ピンクパンサー』シリーズの「クルーゾー警部」で有名になる以前から1人複数役をこなしており、キャラクタ作りはお手の物。特に「声・口調」を強調した方法を得意とし、爆撃を止めようとする生真面目な英国人「マンドレーク大佐」、信念だけはいっちょ前な「米国大統領」、マジキチドイツ人学者「ストレンジラブ博士」と、まったく毛色の違う演技をみせており、まさしく天才喜劇役者っぷりを味わえます。

 プロレスでも複数ギミックを持つ選手は少なくありませんが、ひとつのイベント中に複数ギミックを演じたとなると、1998年のロイヤルランブル戦(時間差で計30人参戦、トップロープを越えて場外に両足を着いたら失格)でのミック・フォーリーの例が有名。
 「カクタス・ジャック」として出場したフォーリーは、失格後に「マンカインド」として再出場。さらに失格になると「デュード・ラブ」となって都合3回出場。これは多重人格という設定で複数ギミックを使いこなしたフォーリーだからこそ許された荒業でした。

 また、セラーズが演じた3人以外にも、精神を病んで核攻撃を独断で決めたリッパー将軍、核攻撃を正当化する超タカ派タージドソン将軍(マジキチ臭全開な飛行機ポーズのシーンは必見)など濃厚キャラが登場。中でも最終的に核爆弾にまたがってヒーハーすることになるB52爆撃機の機長コング大佐は、プロレスのギミック的なステロタイプ感が顕著です。

 B52のシーンで名曲「ジョニーが凱旋するとき」の勇ましくも悲しい調べが毎回流れる中、状況をさらに滑稽に思わせるのが、コング大佐の南部訛り。演じたスリム・ピケンズ自体、ロデオ・クラウン(前座ショー等の道化役)から俳優に転向した経緯もあって南部訛りが特徴的なんですが、実は生まれも育ちもカリフォルニア。つまりはロデオ時代からのギミックなんですね。
 そういえばWWEにも韓国系米国人なのに"南部男(レッドネック=白人DQN層)"ギミックを演じたジミー・ワン・ヤンなんてのがいました(彼もカリフォルニア出身)。

 ともあれ、映像界に多くの影響を残したことでも知られる本作なので、未見であれば一度観ておいて損はナシ。「あの映画のあのシーン、オマージュやん!」という発見があるかもです。

(文/シングウヤスアキ)

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シングウヤスアキ

会長本人が試合までしちゃうという、本気でバカをやるWWEに魅せられて早十数年。現在「J SPORTS WWE NAVI」ブログ記事を担当中。映画はB級が好物。心の名作はチャック・ノリスの『デルタ・フォース』!

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