燃え殻、大橋裕之らクリエイターが集結 閉館した映画館ビルを"一棟まるごとマンガ雑誌"にした連載が最終回へ

 横浜駅西口で37年にわたり親しまれてきた映画館ビル「相鉄ムービル」が、2026年9月30日に閉館しました。1988年の開業以来、映画館のほか劇場やジャズバー、ライブハウスを抱え、横浜のカルチャーを支えてきた場所です。その最後の3カ月間、館内では前例のないマンガ企画が進んでいました。壁や床、ガラス窓に毎週、絵と物語が描き足されていく壁画マンガ『週刊ムービル 〈ムビィの大活劇〉』。ビル一棟を、まるごと一冊の"週刊マンガ雑誌"に見立てる、世界でも類を見ない試みです。

 連載が始まったのは7月3日。物語は週を追うごとに、1階から4階へと館内に広がっていきました。完成した絵を展示するのではなく、下書きや描きかけの線までも作品とするのが、同企画の特徴です。制作のほぼすべてが公開され、来場者は次号を待つ読者のようにして施設を訪れました。

 実はこの"週刊誌"には、"月刊誌"が併走しました。それが4カ月限定で創刊された無料のマンガ雑誌『月刊コミックムービル』です。誌面では、壁画マンガ制作の"舞台裏"をフィクションとして描く『海なんて見えないヨコハマ』を連載。第1話はXで50万回以上表示され、冊子は毎号、配布開始後すぐになくなるほどの人気となりました。壁に描かれる"表"の物語と、誌面で進む"裏"の物語。ひとつのプロジェクトを、2つのマンガ雑誌で挟み込んだ構成です。

 さらに物語の結末は、閉館の先に展開するという試みもおこなわれました。10月3日・4日、閉館後の相鉄ムービルはアートフェス「Story Crossing ArtFes」の会場として2日間だけ扉を開き、4階の「ムービル5」に『海なんて見えないヨコハマ』の最終話を大型のポスター形式で掲示。薄暗い劇場のなか、ランタンを手に読み進めるという特殊な仕掛けも用意されました。その最終話に至るまでのすべての回が現在、相鉄ムービル公式サイトで公開されています。

 今回、壁画ドローイングで中心的な役割を担ったのは、横浜にゆかりのあるクリエイターたちです。そこへ、ジャンルの異なる表現者も加わりました。"表紙"にあたるロゴとキャッチコピーを手がけたのは、布テープの案内文字「修悦体」で知られる佐藤修悦さんです。

 また8月には、横浜市で生まれ育った作家・燃え殻さんが、館内2階の壁に、若き日に相鉄ムービルを訪れた記憶をつづったエッセイを直筆で制作。そこへ、映画化された『音楽』などで知られる漫画家の大橋裕之さんが、その場で挿絵を描き添えました。ふたりが並んで壁に向かうドローイングの様子は、『月刊コミックムービル』最終号でもレポートされています。

 同誌によると、燃え殻さんは大橋さんを"相棒"に選んだ理由をこう語っています。

「館内のあちらこちらにマンガが描かれているところに、文章だけを壁に書くと弱い気がしたんです。大橋裕之さんの絵と一緒ならば成立するんじゃないかなと思って」(同誌より)

 一方、大橋さんは、ムービルを訪れた印象を次のように述べています。

「初めて来た気がしませんでした。愛着のある地元のデパートが無くなってしまう、そんな時と同じような感慨を抱きました」(同誌より)

 今回のプロジェクトの原作・制作総指揮を務めたのは、漫画編集者の水野 隆さんです。水野さんは、壁画での公開制作という形式が、ふだんの漫画づくりとは異なると話します。

「普段つくっている漫画は、完成してパッケージにしたものを届ける形になるので、読者の方と途中で関わることはあまりない仕事なんです。ですが今回の現場では、来場者との交流もたくさん生まれました。描き手が作業している最中に、読者の方から直接差し入れを手渡していただくことも。ふつうの漫画ではありえないことなので、すごく素敵な体験でした」

 先に紹介した燃え殻さんは、最終号でこうも語っています。

「相鉄ムービルの中には、たくさんの人たちの取るに足らない出来事が毎日いっぱいあったと思う。それが30年以上も続いていたことの価値のようなものを改めて感じました」(同誌より)

 ビルに積もった無数の思い出は、この3カ月でマンガになり、Webに残る最終話になり、配り切られた冊子になって、読者の手元へ渡りました。ちなみに、閉館後の相鉄ムービルには、しばらくのあいだ、通りから見られる壁画が1面だけ残っていました。1階のガラス面に描かれた、クライマックスシーンに記された言葉は、「相鉄ムービル37年間の物語 続編の主人公は...あなた!!」。37年分の記憶は閉館の日に幕を下ろしたのではなく、この街を行き交う一人ひとりの手に渡されたのかもしれません。

■ 関連リンク
https://www.sotetsu-movil.com/

[文・皆本 類]

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