人間社会はなぜ満たされない? ゴリラの生態から考える「人間らしさ」

- 『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』
- 山極 寿一
- 毎日新聞出版

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スマートフォンひとつで人とつながり、分からないことはAIに尋ねればすぐに答えが返ってくる現代。暮らしはかつてないほど便利になったはずなのに、どこか満たされなさを覚えることはないだろうか。
そんな違和感に目を向けているのが、霊長類学者・山極寿一氏の著書『ゴリラからの警告「人間社会、ここがおかしい」』(毎日新聞出版)だ。アフリカ各地で野生ゴリラの生態を観察し、実際に群れのなかに身を置いてきた著者が、ゴリラとの長年の交流を通して、現代人が見失いつつある"人間らしさ"を問い直している。
ゴリラと聞くと、大きな身体に力強い腕を思い浮かべ、どこか怖いイメージを抱く人もいるだろう。しかし、著者が見つめてきた彼らの姿は、その印象とは少し異なる。
本書によると、ゴリラは温和な性質を持ち、平和な群れの暮らしを営んでいるという。仲間と関わり、子どもと遊び、オスがメスや子どもたちに食べ物を分け与える。著者はそんなゴリラの姿を、「泰然自若」と表現。彼らの作法を学び、営みを見つめ続けるなかで、著者の人間社会を見る目も変わっていった。
「それまであたり前だと思っていた人間の暮らしが、とても不思議なものに見えてきたのである」(本書より)
では、私たちが何気なく繰り返している日常の営みには、どんな意味があるのだろうか。著者はゴリラだけでなく、長年観察してきたサルの姿にも目を向け、「食事」について考察している。
動物にとって食べることは、生きることそのもの。本書によると、群れで暮らすサルたちは、食べ物をめぐる争いを避けるため、適当な距離を置いて食事をするという。一方、人間は誰かと食卓を囲み、同じものを食べながら時間を共有する。そこには、空腹を満たすだけではない意味がある。
「古来、人間の食事には、栄養の補給以外にも他者との関係の維持や調整という機能が付与されてきた」(本書より)
しかし現代では、好きなものを好きなときに、好きな場所で食べることが容易になり、「ひとりで食べるほうがラク」と感じる人も増えた。著者は、こうした変化が共感や連帯の力を弱め、サルの社会に近い閉鎖的な個人主義社会につながると指摘している。食事という身近な習慣も、人と人との関係を育む大切な時間なのだ。
また、人間が他者との関係を築くうえで欠かせないのが、身体を通したコミュニケーションだ。著者によると、ゴリラは顔を見つめ合い、しぐさや表情から互いの感情や意図を読み取る。人間もまた、身体を通したやりとりを重ね、共感しながら信頼関係を築いてきた。さらに人間には言葉がある。声にはそれぞれ個性があり、それは身体と結びついている。
しかし、インターネットの普及によって文字のやりとりが増えると、言葉は身体から切り離され、「情報」として扱われるようになった。SNSで近況を報告し、メッセージを送り合えば、顔を合わせなくても誰かとつながることができる。著者は、現代のコミュニケーションについて、こう述べる。
「五感を用いて身体でつながるよりも、通信機器を用いて頭でつながることを重要視しはじめている」(本書より)
さらに興味深いのは、ゴリラやチンパンジーにも「笑い」があることだ。ニホンザルが見せる笑いのような表情は、敵意がないことを伝えるサインであり、楽しくて笑っているわけではない。
一方、ゴリラやチンパンジーは遊びのなかで、はっきりと笑いの表情を見せ、声をあげる。特に幼い個体ほどよく笑うという。遊びながら笑い合い、互いの存在を確かめ合っているのだ。
人間もまた、笑いによって距離を縮め、仲間との関係を築いてきた。さらに、人間の笑いには周囲へと伝わり、その場にいる人たちを巻き込んでいく力がある。誰かが笑えば、つられるように周囲も笑い、いつの間にか場に一体感が生まれる。そこにこそ、ゴリラやチンパンジーとは異なる人間ならではの笑いの特徴がある。
「笑いは人間の証しであり、人々に和をもたらす最良の手段であることを忘れてはいけない」(本書より)
本書の魅力は、知られざるゴリラの生態だけでなく、その姿を鏡に、私たちの暮らしが映し出されていくところにある。便利さや経済性が重視され、時間さえも効率よく使うことが求められる現代では、人との関わりさえも合理的に捉えてしまいがちだ。便利さを手に入れた一方で、知らず知らずのうちに手放してしまったものもあるのではないだろうか。
誰かと食卓を囲み、顔を合わせ、笑い合う。そんな何気ない時間のなかにこそ、人間らしさは宿っているのかもしれない。