小路紘史(しょうじ ひろし)

1986年7月11日生まれ。広島県出身。
東京フィルムセンター映画・俳優専門学校を卒業。10作品以上の短編映画を制作。4年連続でショートショートフィルムフェスティバル&アジアで入選を果たすなど、日本・海外の映画祭で上映。2011年に制作した短編版の『ケンとカズ』は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2011で奨励賞を受賞し、ロッテルダム国際映画祭2012をはじめ、リスボン国際インディペンデント映画祭2012などで上映されるなど、海外からも注目される。

博士による紹介

小路紘史監督は1986年生まれ。まだ30歳です。
 『メルマ旬報』男性陣最年少執筆者となります。
 映画監督としても『ケンとカズ』は長編デビュー作なので、まだまだ、世間的には「誰?この人」になるとは思いますが、正直、数十年後には「世界のショージ」と言われるような巨匠になっている気がします。
 それほどの大器を予感させるものがあります。
 2016年の5月に内覧用のDVDを頂いた時に、まだチラシには「長谷川和彦絶賛」としか書かれていませんでした。
 しかし、その「長谷川和彦=ゴジ」こそ、ボクの人生には大きな意味のある人なのです。
「あのゴジが褒めるなら……」そんな想いで、この映画を見ました。そして、最初の感想は、こう日記に書きつけています。

【『ケンとカズ』将来巨匠と言われるべき監督の長編デビュー作。監督、キャスト、スタッフも全て無名だが漲る才能は否定できない。予算300万円ながらとてつもなく豊穣な映画。40年前の長谷川和彦のデビュー作『青春の殺人者』を彷彿する。その世界観は日本版『息もできない』だろうか。役者の顔のクローズアップに続くクローズアップだけで、ここまで物語る構図の強かさ、演出力に舌を巻く。またそれに応える役者の能力にも。近年の韓国映画に共通する顔面力。ここに挑む大胆さにも感心。明日をもないどん底の若者を描きながら、監督も役者も明日しかない無名の才能を発揮し、確実に未来を約束されている。
『ケンとカズ』は地上波放送できない。設定や物語も平凡だろうし好ましくない。あえて、そこを選んでいるとしか思えない。この題材、この設定で、どれだけ出来るのか?テレビの極北。監督、スタッフ、キャストの若き魂は映画の力を試している。】
 
――その後、この作品の私設応援団としてTwitterを通じて監督との交流が続いきましたが、その際に、最も驚いたのは長谷川監督とは、偶然、高円寺で出会い、その場で話しかけて、推薦の弁を貰ったということでした。
てっきり、同じ広島出身ということで、ツテがあって、お願いしたものだと思っていました。

なぜならボクにも似たような経験があるのです。(拙著『キッドのもと』にも書きました)それは芸人になる前、20歳の時のこと……。ボクは長谷川監督を研究したファイルを作っていつも持ち歩いていました。何時か、長谷川組のお手伝いをしたいという夢のようなことを考えていました。
その頃、渋谷へ大林宣彦監督の『転校生』(1982年)を観に行った時。ボクの前の席に長谷川監督が座っていたのです。声をかけるかかけないかドキドキしながら時間が過ぎました。
あそこで声をかけていたら、もしかしたら気に入られて長谷川組のスタッフになっていたかも知れません。でもボクは声をかけられなかった。
 2002年11月9日、文芸坐でゴジさんのトークショーに参加した時の打ち上げで「お前はたけしのところに行って本当に正解だったよ、俺のところへ来ていたら、俺はあらから一本も撮ってないんだから、食えないままで終わっていたよ」と冗談半分に言われました。
ボクはゴジさんに、あそこで声をかけないでビートたけしに弟子入りして、芸人になって少しは成功しました。
でも既に映画を撮っていた小路監督は、長谷川監督に飲み屋で声をかけました。ボクにできなかったことです。だからこそ、小路監督に監督として、是非、成功して欲しいと思います。
そして、ゴジにも、シン・ゴジラになって新作を撮って欲しいと切に願います。

 そして、2016年9月13日、『キネマ旬報』編集部で小路監督と対談に至りました。もちろん、そこが初対面です。
 長谷川和彦監督が結ぶ互いの星座を確認し、そのまま『メルマ旬報』執筆陣へ電撃入団が決定しました!

【動画】『メルマ旬報.TV』ゲスト・小路紘史(2016年12月9日放送)
https://videotopics.yahoo.co.jp/video/stove/94067