――親が読ませたい本と、子どもが読みたい本は違うケースが多いと思いますが、親子で一緒に味わえる本となるとどういうものがあるでしょうか?
村上:そういうことであれば星新一さんを薦めたいですね。私は、今でもよく読んでいますよ。あと名作ですが『星の王子さま』は親子で読んでほしい1冊ですね。
松永:『星の王子さま』はいいね。ただ、レベルが高い子どもでないと、書いてある内容が理解できないんだよ。
小川:私も、星新一作品に一票。最大の魅力は、われわれが常識と信じていたものがひっくり返る「ドンデン返し」ですが、読み手側は、前提となる常識を知っていなければ驚くことができません。楽しめるには、一定の学力が問われますね。そのほかにも、大人が持っているせせこましさや、「世の中が持っている常識というものは誰が作ったんだろう?」という疑い、いろいろなものが散りばめられているから、刺激的な作品だと思います。是非、親子で読んでほしい。企画は変わってしまいますが、教育のプロが推す「子どもを本の世界に遊ばせられる本」というのであれば、星新一さんの作品がベストでしょうね。
村上:とはいえ、じゃあ星新一さんのどの作品が良いか、となると判断に迷いますよね。それに私たちがここで、それを決めるのはおこがましいような気がします(苦笑)。
――また別企画でやっても面白いかもしれないですね。教育のプロが選ぶ「小学生に読んで欲しい星新一作品」大賞、みたいに。ちなみに男の子と、女の子では、読書傾向に差は出てきますか?
村上:それはありますね。なので、私は男女による傾向の違いも考慮して選書したつもりです。『モモ』と『博士の愛した数式』は女の子向けです。ファンタジーのような雰囲気もある小川洋子さんの世界観は、小学生の女の子がすごく読みたがる内容だと思います。
小川:小川洋子さんの作品は、自分というものを意識し始めた年代にありがちな悩みや、世の中に対して息苦しさを感じたときに、許しや救いを与えてくれるような印象があります。逆にいうと、小川洋子さんの本が売れる時代と言うのは、あまり良い時代ではないのかもしれないですが......。
松永:ファンタジーは男女差があるよね。書かせると違いがよくわかります。実際、小学校3、4年生の女の子に物語を書かせると、ファンタジーの世界を非常にうまく書く。女の子は5、6年生くらいまで平気でその世界を書いていけます。だけど、男の子は、低学年の段階でそういうものが書けなくなってしまう。もちろん、ファンタジーを書き続けられる男の子もいるけど、傾向としては、そういったことがあるかな。たとえば、好きな女の子と付き合って、家に帰ってからも頭に思い浮かべられる男の子と、イメージできない男の子とでは、その後の人生を生きていく上で大きな差があると思いますよ。
繁田:あぁ、その話、なんか響きますね......。今までにその手の本をまったく読まなかった弊害として、僕が声を大にして言いたいのは、女性の気持ちがぜんぜんわからなくなる、ということ。この年になってもさっぱり女心がわからず、恋愛ではめちゃくちゃ苦労しました(苦笑)。中高一貫の男子校という、男ばかりの環境で育った影響もあるでしょうが、いろいろなイメージができるかできないかの違いは大きいと思います。実際、開成のOB会でも、最近は毎回この手の話題になるんですよ。もはや、学校でそういう教育もすべきだと。本を読んでいたら、もう少し女心がわかったかなぁ......。
松永:甘い甘い! 女心は、本を読んでいてもわからないよ(笑)。
――その話は別途、酒席で(笑)。さて、話は変わりますが、今回のノミネート作品の中で、実際に、入試問題に登場する頻度が高い作品はありますか?
小川:杉みき子さんの『小さな町の風景』は良く出題されます。この文章は、言葉のなかに「匂い」がある。見えるだけじゃなくて、風や温度を感じる。幼少時に絵本の体験が不十分だと、そこの感覚が鈍い子が多いんですよね。受験のため早い時期から塾に行っている子って、結構、絵本体験が少なかったりするんです。この本は、それを補い直すのに、いい作品だと思います。ただ、ちょっと低学年向けかな。
西村:重松清さんは、もはや中学受験の定番と言っていいぐらい出題されています。今回も、重松作品はやはり1冊は選んでおくべきたと思い選書しました。
小川:重松作品は、起承転結の中に感情変化・伏線が埋め込まれていて、入試問題が作りやすいですからね。そういった心理描写・風景描写のパターンに気付けていない子は、入試に向けて、とりあえず1冊読んでおけば間違いない作家でしょう。
西村:ただ、我々のような職業の人間が、これを選ぶと、ちょっと狙い過ぎている感は否めませんね(苦笑)。
小川:宮部みゆきさんの『ブレイブ・ストーリー』は、中学受験を視野に入れたときに、社会問題とファンタジーの境界にある作品、という点で評価できます。大人目線の書評ではファンタジーになりきっていない中途半端な作品とされることもあるのですが、むしろそこに価値があると思っています。
西村:伊集院静さんの短編集『冬のはなびら』のなかの「雨あがり」は、目の前の受験に向けて、速攻的な学習をしている受験生にこそ、読んでほしい作品。もっとどっしり腰を落ち着けて、なんでもいいから頑張ってごらんという励ましになる作品です。
小川:作者の伊集院さんは、無頼派のように見せていますが、言葉1つ1つを選ぶのは、すごく努力されている。無駄に難しい言葉を使わずに、よい音の響きで作品を仕上げていますね。
村上:『偶然の祝福』も短編で読みやすい。それでいて全て読むと1つの話がつながっていますよね。まるでクラシック音楽のように各楽章が連なりすべてが調和されて1つの曲が完成されていくように。ただ、ここで1作品に決めるのであれば『冬のはなびら』の「雨あがり」でしょうか。最近失われつつある師弟関係にクローズアップしていて、今の小学生に、特に男の子には読んでほしい。あと、ミヒャエル・エンデの『モモ』は、小学高学年なら充分読める作品ですし、大人が子どもにどんなことを強要しているかわかるので、ぜひ読んでほしい。
小川:『モモ』は、大人側のあざとさも出ているし、大人が子どもに求める"子どもらしさ"も描かれている。さまざまなものを包含していて、じっくり読める本です。一連の議論を融合すると『モモ』か「雨あがり」になると思いますが、どちらか1冊に決めるのは難しいですね......。
西村:それなら、女の子には『モモ』、男の子には「雨あがり」ということにしてはいかがでしょうか。
――みなさん異論はありませんでしょうか?
繁田:僕はないです。
村上:私も異議なしです。
小川:私も同じく。
松永:でもなぁ、それだと文化人のお歴々が選びそうな無難な結果になってない!? やっぱり僕は『ソクラテスの弁明』を推したいなぁ......。
一同:いや、だからそれだといつまで経っても決まらないですから(笑)!!
ということで、ひと悶着あったものの、「今、本当に小学生に読んでもらいたい本」大賞は女の子には『モモ』、男の子には『冬のはなびら』の「雨あがり」に決定いたしました!! 大賞に選ばれた2作品の出版元にはBOOKSTAND編集部から、勝手に表彰状を贈らせていただきたいと思います。
受賞作はもちろんのこと、その他のノミネート作品、さらに手塚治虫さんの『火の鳥』や星新一さんの作品群など、今回の選考会で登場した数々のタイトルは、どれも名作と言えるものばかり。いずれも受験を控えた小学生だけでなく、大人でもじっくり味わえる内容となっているので、未読の方は是非、お手にとってみてはいかがでしょうか。
■受賞作『冬のはなびら』――「雨あがり」あらすじ
紫陽花が咲く鎌倉を舞台に、伝統工芸の職人の師弟関係をテーマに描いた物語。群馬の山村に生まれた廣作(こうさく)は、中学を卒業後、掛け軸の表装や襖(ふすま)張りを行う経師(きょうじ)屋の老舗に弟子入りする。同時期に弟子入りした龍也は要領がよく、廣作は劣等感を持つが、実は親方の和平は、廣作の誠実で丁寧な仕事ぶりを評価していたのだった。やがて廣作は、周囲の大人たちが、廣作を陰ながら見守り、愛情を注いでくれていたことに気付いていく。
■受賞作『モモ』あらすじ
幻想的で美しいファンタジーだが、効率的な生活を優先しがちな現代社会への鋭い風刺を持つ名作。町はずれの古い円形劇場に、いつの間にか住み着いた少女・モモは、「人の話を聞く」能力に長け、町の人々から必要とされている。しかし、「灰色の男たち」が現れてからというもの、町の人々は、まるで何かに追い立てられるかのように生きる喜びを失っていく。人間から"時間"を奪う「時間どろぼう」と、盗まれた時間を取り戻そうとする少女・モモの攻防を描く。