――本日はお集まりいただきありがとうございます。まず、今回の選書基準についてお聞きしたいと思います。どういう観点で、どのような面を重視して選ばれたのでしょうか。
西村:私の場合は、まず「子どもが読める」こと、次に「実際に入試問題に出題される」ことを基準にしました。教養に関しては完全に自分が読んで面白かった本を選びましたね。
村上:西村先生が短編文学作品を多く選ばれているのはうれしかったなぁ。『ハリー・ポッター』以降、起承転結があいまいで、ダラダラと続く長編ファンタジー本が爆発的に売れましたよね。そういう作品ばかり読んで、頭に入っていない子って多いんですよ。他に村上春樹の『1Q84』みたいに、無駄に長いだけの作品を熱心に読んでいる子どもとか見ると、正直、時間がもったいないなぁと思ってしまいます。ちなみに私は「自分の世界を持つための本」ということを重視しました。子どもの頃って、ひとりでボーっとする時間というか、自分の中で過ごす時間を持てるか否かがものすごく大事なんですよ。ですので、自分の世界を持てるよう世界観のある本を選書しました。
小川:私は、小学校2年から6年まで、どの学年でもそれぞれに、内面に響くようなものを選んでいます。たとえば、ロジック的なもの、科学的好奇心を刺激するもの、いわゆる名作ものなどは、どなたかが選ばれるだろうと思ったので、あえて私は「音」をテーマに選びました。
――音......ですか? それはどういう意図があるのでしょうか。
小川:最近の子どもたちは、映像感覚だけで文章を捉えていて、音の感覚が育っていない傾向がある。授業でも、教師の話が聞けない。先生が話している内容を理解できないんですね。ところが、そういう子どもに対して、文章問題を音読で読み聞かせて解かせると、極端に成績が上がります。文章を「音」として、セリフのように言葉を捉えられるようになると、頭の中に自然と文章場面が映像となって立ち上がってきます。そうして文章と映像が結びついていくことで、文章という文字表現が、図形的に抽象化する数学・算数的な能力とつながっていきます。そうなると文章が全部、算数や数学と一緒に見え始め、あらゆる科目の勉強がすごく楽になるんです。
村上:確かに、早い時期から中学受験に移行した子どもというのは、本の文字だけをポンポンと追って、読んだ気になっている印象はありますね。大人のように、言葉をパッと見て、映像を思い浮かべることができなくて、文字を追うだけで終わってしまう。
西村:非常によくわかります。近頃の子どもは、黙読のスピードは非常に速い。でも、実際には読んでないんですね。要は精読ができていない。ごく初歩の精読の場合、黙読して、まず目で捉えた画像情報が頭の中に入る。1度、音に変わってから、頭の中でその音を再度捉え直し、意味に変換して行く、というプロセスをたどります。ところが、今の子どもはそれができないんですよ。
松永:そういう意味では、読み聞かせってやっぱりものすごく重要。僕は個人指導で、一音一音切って読み聞かせをしています。たとえば『竹取物語』の「今は昔 竹取の翁といふものありけり」という一文も、「い・ま・は・む・か・し・た・け・と・り・の・お・き・な・と・い・う・も・の・あ・り・け・り」と一音ずつ切って読むんです。すると、聞いている子どもは助詞、助動詞までひとつずつ確認できるから、半年くらいでものすごく効果が見えてくるんですよ。
――かくいう松永先生は『マタイ伝』に『論語』と、かなりハードな本をリストアップされていますね。
松永:こうやって見ると、完全に僕だけ浮いてるよね(笑)。選書理由はシンプル。僕は『聖書』にしろ、『論語』にしろ、キリスト教や儒教といった西洋や東洋の思想の土台となっている古典を、子どもの頃からできる限り読んだ方が良いと考えているんですよ。なぜなら、中学受験では、古典を知らないと解けない問題が多すぎますから。
村上:いやぁ、そのお話を聞いて、ほっとしました。てっきり「松永先生にだけ、企画の趣旨がうまく伝わってなかったのでは」と心配していたので(笑)。
松永:いやいや、むしろ伝わりすぎた。僕が選んだ本は、世の中すべての本の土台となっているもの。こうした「教養」を知っていると知らないとでは大きく違ってきます。実際、どの学校も「本を読んでいる子どもが、のどから手が出るほど欲しい」という考えで入試問題を作っているので、こうした"土台となる本"さえ読んでいれば、入試でどんな難解な論説文が出されても、恐れるに足りません。まぁ、僕が、この中で1冊だけ挙げるなら『ソクラテスの弁明』でしょうかね。
村上:子どもにも土台となる知識はあらかじめ知っておいて欲しい、というのは私も賛成です。ただ、子どもに古典を読ませる場合には、親や教師が、噛み砕いて伝えてあげないといけない。やはり、子どもと本との出会いには、その子の発達段階に応じたものが必要で、その順序を間違えると、子どもはつまらなく感じてしまう。そもそも私は、小学生にとっての教養は、物語から得られる知識だけで充分だと思っているんです。いわゆる教養の本を読むのは、中学生高校生になってからでいいかなと。
――先ほどから繁田先生が一言もお話されていませんが......開成中高から東大と、エリート街道を歩んできた繁田先生ですが、選書した本がどれも意外なものばかりでした。
繁田:いやぁ、正直にお話しますと、僕は今までの人生でほとんど本を読んでないんですよ! もう、みなさんのお話についていけない時点で、本当に「損をしたな」と思っています。もう、子ども時代に戻りたいくらい(苦笑)。
小川:いやいや、繁田先生の選書は、まさに"いかに短時間で結果を出すか"という勉強法を開発した人が選ぶ本だと思って見ていました。とにかく、子どもの興味のトリガーを刺激する本ばかり選ばれているような印象を受けましたが。
繁田:フォローありがとうございます(苦笑)。一応、選書基準は、将来働くということの意味を早い段階で考えるきっかけになる本、です。僕自身、何も目的意識を持たず大学まで進学し、結果、大学では3回も留年してしまった。そんな自分の苦い経験から、子ども達には早い段階で「人生の目標」を見つけてほしいと思ってるんですね。今回、起業家の方の本を2冊選んだのはそういう意図があります。小学生が「今、受験勉強する意味ってなんなのかな?」と疑問を感じることもあると思います。そんな時に、生きていくための目標を見つけるために本を読んで欲しい。ただ、僕が選書した本から、今回のベストオブベストが決まるとなると、みなさんが納得しないですよね(笑)。
小川:今回、松永先生のように「大人たちの思考の枠組みとなっている教養を知っていてほしい」という選考基準もあるし、繁田先生のように世相を反映した選び方もあるし......なにを軸にするかによって、決まる本も大きく変わってきますよね。ただ、松永先生がおっしゃるような古典の教養の知識を学べて、なおかつ小学生でも無理なく読めるとなると、手塚治虫さんの『火の鳥』を推薦したい。理解を深めるため、映像の力を借りるというのも一つの解決策だと思います。文字情報だけで入ろうと思うと、どうしても"橋渡し"をする解説者が必要ですから。
村上:おお、大賛成です!! 初めて『火の鳥』を読んだ時に「こんなにすごい漫画があったのか!」と感動しました。『妖怪ウォッチ』に夢中な今の子どもたちにも読みやすくて、松永先生がおっしゃるような古典の教養、輪廻転生まで、全部入っていますし。私自身も、講演会でよく小4・5年生に『火の鳥』は薦めていますよ!!
なんと、ここにきてまさかの漫画『火の鳥』が大賞候補に浮上!! 子どもも知っておくべき教養がすべて盛り込まれており、さらに小学生でも無理なく読める......もはやこれ以上の課題図書はないのでしょうか!? 続きは後編にて。