執筆に2000時間ついやしたインパルス板倉の書籍第2弾『蟻地獄』

撮影/増田美保(TVA)
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 処女作『トリガー』(リトルモア)から3年。お笑い芸人・インパルス板倉俊之さんが435ページにもおよぶ超大作『蟻地獄』(同刊)を発表しました。構想から完成まで2年半も費やした今作も、衝撃の展開で読者を物語に引きつけます。

 一作目と今作では違いがあると板倉さんはいいます。

 「一作目の後、よく小説を読むうちに『また書きたいな』という気持ちになって、今回は自発的に取り組みました。やっぱり、物を作るのが好きなんですよね。今回は2年半。時間計算すると、なんと2000時間なんです! 僕、どんだけ暇なんだっていう、ね(笑)。裏を返せばそういうことです」

 お笑い芸人という不規則な生活を送りながらの執筆活動。締め切りに終われ、体力的にも辛かったのではと思いきや、意外な言葉が返ってきました。

 「僕、夜じゃないと集中して書けないんです。たとえば、昼過ぎに仕事が終わって帰ると、とりあえず寝る。それから起きて、自然に眠気が襲ってくるまで書き続ける。そのくり返しです。もともと不規則なので、夜中の作業は気にならなかったですね。朝まで書き続けて、そのまま仕事へ行くこともありましたけど、体力的には楽でした」

 今回のストーリーは、不正賭博で大金を手に入れようとした少年2人が、事の発覚を機に、闇の組織に翻弄されるという内容。物語に多々登場する猟奇的描写が、朝方の精神に釘を刺していたそう。

 「外に出て仕事で会話してるから、精神が保たれてるんだなって思いました。明け方に一人で書いてると、ふと『俺、誰にも必要とされてないのかな』っていう錯覚に陥ったり。自分の世界に入ってしまってヤバかったですね(笑)。青木ヶ原樹海が出てくる場面は、もっとグロテスクに描き切りたかったんですけど、逆に抑えてよかったかもしれない。このシーンは、担当編集者さんも意外な展開だったと言ってくれました」

 矢継ぎ早に盛り込まれるショッキングな展開。そのアイデアはどこからくるのでしょうか。主人公の二村幸次郎は「すごく頭のいい19歳」と話す板倉さん。キャラクター設定のこだわりも語ってくれました。

 「(物語の内容は)頭のいい19歳なら不自然じゃないと思います。実際、僕も19歳の時、彼と同じく誇れるような人生を送っていなかったですし、自分と照らし合わせた部分は少しあります。主人公の友だち・修平は、僕が小学校の頃友だちだった実在の人です。もう物語の中では別人格ですけれど。幸次郎は普通の家庭に生まれた人にしたかったんです。逆に特殊な家庭という設定だと、今度はそっち(特殊)が気になっちゃうでしょ? その、いらない先入観はあえて薄めたかった。書き上げて思ったのは、ほとんどの登場人物が好きということ。お気に入りは、ヤクザのボス・カシワギ。僕が普段思っていることを言っていて、しかも間違っていないんです」

 タイトルのごとく、"闇"の表現が数多い本書。その具体的な文面から想像するに、筆者のリサーチは計り知れないはずです。

 「物語と同じ現場に行って写真を撮ったりもしました。『角膜移植』や『臓器売買』、『集団自殺』とか、特殊なキーワードをパソコンで検索してお気に入り登録してるから、CIAとか来ちゃうんじゃないかなってドキドキしたり(笑)。今回こうやって出版できたら逃げ切ったなと思います。本はCIAから逃げ切るための『資料』です(笑)」

 「文章をプロでもおかしくないレベルに」、「ビックリをいっぱい込める」。文章を構築する際、この2つに気をつけたといいます。

 「僕、きっと好きな言い回しがあるんでしょうね、クセというか。登場人物のセリフも、後で読み返してアラがあったら嫌だなと思っていたし、語りの部分もシャレを加えて、ひねりの効いたワードを楽しんでもらいたいんです。ちょっとかっこつけすぎたかなって表現もありますけど(笑)。本文中にある、『信じ難いことを信じさせるには、"信じ難いこと"の周りに、それなりの背景を描けばいい』は、お気に入りの一文です。各章の中に "10発ビックリ"をぶち込むのも課題でした。そのうち5発くらい読者に当たればいいなと思って」

 お笑い芸人である自分と、作家の自分。作品づくりの途中で発見したことも多かったようです。待望の二作目『蟻地獄』の魅力を、最後に笑いでアピールしてくれました。

 「コントと小説では、シナリオを書く労力がだいぶ違います。僕、コントも結構時間をかけて作るんですけど、一晩二晩かければ何とか台本にはなるんです。コントのシナリオは、ゴールが近いし、一本書き上げた後も発表まで少し時間を置ける。でも、小説はエンドレス。手をつけ始めると、今度は書きたくてしょうがないという感じ。書き終えないと気持ち悪いというか、残尿感に似た感覚ですね。この作品をひと言で表現すると、『スリルのある冒険の疑似体験』。ミステリーの定義がよく分からないですけど、『蟻地獄』では自然に問題が発生していくんです。読んでくれたら、つまんなかったというパターンはないと思います......って、ネタでもこんなこと言ったことないのに!(笑)。もう、あまりに物語が長すぎて、僕もイカれちゃってるみたいです(笑)」


≪プロフィール≫
板倉俊之(いたくら・としゆき)
1978年、埼玉県生まれ。東京NSC4期生。1998年、堤下淳とお笑いコンビ・インパルスを結成。コントの作・演出を手がけ、バラエティ番組のほか、映画・テレビドラマでも活躍中。2009年に自身初の書き下ろし小説『トリガー』(リトルモア)を発表。お笑い芸人らしいユーモアと独特のセンスを生かしたストーリーに評価も高い。

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