原田専門家(はらだせんもんか)

1974年愛知県の度を超した田舎に生まれ、町の不良しか来ない農業高校を卒業と同時に芸人を目指して吉本の大阪NSC(11期生) に入学 。同期には、ケンドーコバヤシ、中川家、陣内智則、ユウキロック、そしてハリウッド・ザコシショウなど。当時の心斎橋筋2丁目劇場の音響さんと照明さんしか笑わないようなネタをしていて芸人として芽は出ず、劇場のスタッフとして働く。舞台の小道具からチラシ、当時はまだHi8やVHSでビデオの編集をして、色々器用にやっていたのを見た構成作家の尾浦さんに「お前なんでもできて器用やから専門家やな」と言われ、自分でも気に入った呼び名だった事と、子供の頃にスーパージョッキーを見てて、たけし軍団に強い憧れを持ってたのも手伝ってそのまま芸名に。考えてみると色々出来て器用なのは専門家ではないんだけど。
4コマ漫画など蛭子能収さんに憧れてガロに持ち込みを数度するが、これまたパっとしないまま、劇場スタッフとして働いていた。そこで出会った当時デザイナーの狩集広洋氏(現在は一発描き画家として活躍中)にデザインのいろはを学び、93年4月~96年11月まで、2丁目劇場のフリーペーパー『WA CHA CHA PAPER』にて、漫画やコラムなど執筆。97 年にパルコアーバナート#6に「ウサギは三度餅をつく」という5秒のCGアニメで入選。以後、グラフィックデザインやイベントでの映像、テレビ大阪の人気番組、 吉本超合金などの番組のタイトルCGやロゴなどを制作。また、同期の陣内智則のネタの映像も手掛ける。名前と好きなモノからパーソナルな家紋でパ紋というSNS時代にぴったりなアイコンを日々製作中。たくさんの方の好きなモノを調べすぎて多趣味に拍車がかかっています。

パ紋のホームページ
http://hara1000.com/rogo/

博士による紹介

もともとの出会いはTwitter。
正体不明の「原田専門家」と名乗る人から、オリジナルで作った「パ紋」 =「パーソナル家紋」を作りませんか?と誘いがありました。
自分の好きなモノを3つ挙げて、それを紋のなかにデザインするという企画だそうで、ボクは、「武」「瀬戸大橋」「倉敷」をあげたと思います。
その後、ボクのパ紋が完成!



「水道橋博士のパ紋:博士は岡山県倉敷市出身。瀬戸大橋に浮かぶ「武」の文字、倉敷の美観地区の屋敷のような屋根を全体で表現。『武』の払いの部分がつり橋と繋がっているのがミソです」(制作:原田専門家 談)

すっかりこのデザインを気にったボクは、iPhoneカバーにパ紋を採用しました。
その後、彼の個展へ誘われました。
 個展の会場が近所であったことから、当時、卓球台を導入しマイブームだった卓球を興じて、文字通りピンポン外交で親しくなりました。
 
 このボクの卓球熱は、パ紋ラケットを制作し、ふたりで「ピンポンバー」経営に夢を馳せるほど続きましたが、やがてブームが去り、構想は頓挫しました。
 原田専門家は元よしもと芸人でもあるので、陣内智則くんの美術系スタッフとしても働いており多才。文才もなかなかのものです。
 この彼の才能をなんとか発揮するものはないか考えていたところ、Tシャツ連載を思い付きました。
メルマ旬報では、文章の原稿ではなくTシャツのデザインを連載するのがミソです。
軌道に乗るまでは読者への「サービス」として連載しますが、これは将来的には「ビジネスにします!」と宣言して、いよいよ始まります! 

【動画】『メルマ旬報.TV』ゲスト・原田専門家
https://videotopics.yahoo.co.jp/video/stove/87148  (2016年10月14日放送)
https://videotopics.yahoo.co.jp/video/stove/115964  (2017年5月19日放送)