櫛野展正(くしの のぶまさ)

日本唯一のアウトサイダー・キュレーター。
1976年生まれ、広島県在住。
2000年より知的障害者福祉施設職員として働きながら、広島県福山市鞆の浦にある「鞆の津ミュージアム」 でキュレーターを担当。2016年4月よりアウトサイダー・アート専門ギャラリー「クシノテラス」オープンのため独立。社会の周縁で表現を行う人たちに焦点を当て、全国各地の取材を続けている。
著書:『アウトサイドで生きている』(タバブックス)
http://kushiterra.com

博士による紹介

櫛野展正のことを、ボクが何時から知っているのか覚えていない。
しかし、ボクの日常の周縁に居て、既に視野に入っていた。
根本敬さんや会田誠さんのことを想っているときかもしれない。

2018年05月14日――。
この日、渋谷ロフトナインの「クシノテラス東京トークライブ3」のゲストに「是非!」と指名されていた。
が、この頃、オフィス北野問題で担当マネージャーが抜けて、
日々のスケジュール管理が曖昧だった。
おまけに、ボクの個人的ルールのなか、
「ロフト系イベントは飛び入りはОKだが、正式ゲストはやらない」
という、奇妙な縛りがあったので、最終的には、
「行くか行かないか、博士の当日判断でお任せします」という状況だった。
櫛野さん側も、「仕切り直して、別日にでも、またやりましょう!」
と配慮してくれていた。
その日はTBS『別冊アサ(秘)ジャーナル』で、
河口湖畔のバス釣りの学校へ一泊二日のロケで拘束された。
早朝から、夕刻まで、休む間もなく、駆け回り、
帰りのロケバスは、スタッフ一同、全員が眠りこけていた。
ボクも疲労困憊だったが、最後部の席で事前にもらっていた資料動画、
NHK『ハートネットTV〜アウトサイダーに魅せられて』を視聴した。

櫛野さんが、広島県の福山(倉敷の隣)の進学校で10代を送りながら、
身の置き場がなく、自らの将来を考え、
生涯をアウトサイダー側で生きようという決意する様子に、
ボク自身の10代を重ねた。
(ボクの場合、コリン・ウイルソン「アウトサイダー」の概念に惹かれたし、
そして、それは「芸人」という職業、身を置こ処であったわけだが……)

心の中でRCサクセションの「よそ者」が流れた。

♪俺たちよそ者 何処に行ったって
だからさ そんなに
親切にしてくれなくてもいいのに

いつの日 どこかに
落ち着くことができる
そんな夢を見ながら 今夜ここで
踊るだけにいいのに

踊れば揺れる 胸に降る かなしさ
どくのくらいかなんて おいら知らない
けむる港町

港の見える店 遠くに浮かぶあんな船に乗れたら
すぐにおまえをさらってっちまう

最後のバラードまでそばにいてくれる
ほんとさ それだけで 感謝してる Oh Baby


人は自らの職業を得ても、深層に表現欲求(アート)は澱み、
同調圧力に屈すること無く、時として表出する。
櫛野さんもボクも底流には
「みんな違って、みんなイイ」(金子みすず)
という概念があると思う。
番組を見ていて、湧き上がる「共感」しか感じなかった。
「これは行くしか無い!」
ロケバスが東京到着後、車を乗り換えて、
イベント本番中の渋谷ロフトナインの楽屋へ急行した。

この日のロフトは、こういう段取りだった。
「クシノテラス東京トークライブ3」
出演:櫛野展正さん
第一部ゲスト:深沢佳那子(性器崇拝研究・文学研究者)
第二部ゲスト:片桐仁(ラーメンズ)
第三部ゲスト:片桐仁、けうけげん(ケータイ大喜利王者)

ボクは、第3部から壇上へ飛び入りした。
つまり櫛野展正さんとLIVEで初対面だ。
旧知のラーメンズ片桐くんと一緒に、第三部に登場した。
そのまま一時間以上、昔からの仲間と交わすようなフリートーク。

「けうけげん」の、芸人としての狂い方、才能に衝撃を受け、
深沢さんの珍妙なる研究も楽屋で話したけで、すぐに意気投合した。

「闇を持って疵を見る」(韓非子)
ことこそ「光」ではなかろうか。

その夜、櫛野さんが『水道橋博士のメルマ旬報』に書きたい、
と申し出てくれたので、『メルマ旬報』のインサイダーにすぐに迎え入れた。